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松木 幹一郎(まつき かんいちろう、1872年3月10日(明治5年2月2日) - 1939年(昭和14年)6月14日)は、愛媛県に生まれ、明治から昭和初期にかけて活動した技術者、実業家。後藤新平の信頼が篤く、東京帝国大学卒業後逓信省、鉄道庁に勤めた後、台湾電力社長、帝都復興院副総裁などを務めた。 == 略歴 == * 1872(明治5) 愛媛県周桑郡楠河村大字河原津で出生(現:愛媛県西条市河原津) * 1887(明治29) 東京帝国大学法科大学法学科卒業,逓信省通信局勤務,文官高等試験及第 * 1899(明治32) 通信局郵務課長 * 1907(明治40) 鉄道運輸部庶務課長 * 1910(明治43) 鉄道院理事 * 1911(明治44) 東京市電気局初代局長 * 1914(大正2) 東京市参与 * 1917(大正5) 山下汽船総理事 * 1924(大正12) 財団法人東京市政調査会初代専務理事,帝都復興院副総裁 * 1929(昭和4) 台湾電力社長(1934 日月潭竣工) * 1930(昭和5) 台湾総督府評議会員 * 1935(昭和10) 日本アルミニウム取締役 * 1939(昭和14) 社団法人台湾工業協会理事長,逝去(東京) * (以上,松木悠紀雄の調査に基づく) 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松木幹一郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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