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林 敬三(はやし けいぞう、1907年(明治40年)1月8日 - 1991年(平成3年)11月12日)は、旧内務省官僚、陸上自衛官。東京帝国大学卒業(法学部卒)。初代統合幕僚会議議長。第11代日本赤十字社社長。陸軍中将林弥三吉の息子である。正三位勲一等旭日大綬章。 警察予備隊中央本部長から数えて、14年間自衛隊の頂点にあった。自衛隊創設初期においては旧内務省官僚出身者が要職を占め、特に陸上自衛隊においては「内務軍閥」とも呼ばれる勢力が出来上がり、その後の旧陸軍出身幹部との主導権争いの要因の一つとなった。そのため、本来は「選挙を通じて国民から信託された政治家による、民主的正統性(正当性)をもった軍事力(≒防衛官庁および自衛隊)の統制」を意味する『文民統制の原則』が、「文官官僚による武官の統制」とされる誤った解釈と運用がまかり通るようになり、その影響は警察予備隊時代から数えると創設から65年にわたり残存することとなった(内局の問題。シビリアンコントロール、日本国憲法第66条も参照)。 == 略歴 == * 1929年(昭和4年):東京帝国大学卒業(法学部) * 1945年(昭和20年)10月:鳥取県知事(官選) * 1947年(昭和22年)2月:内務省地方局長 * 1948年(昭和23年)1月1日:内事局長官(3月7日廃止) :8月2日:宮内府次長 * 1949年(昭和24年)6月1日:宮内庁次長 * 1950年(昭和25年)10月:警察予備隊中央本部長 :12月29日:警察予備隊総隊総監 * 1952年(昭和27年)8月1日:保安庁第1幕僚長(現在の陸上幕僚長) * 1954年(昭和29年)7月1日:初代統合幕僚会議議長 * 1964年(昭和39年)8月14日:退官 * 1965年(昭和40年)8月1日:日本住宅公団総裁 * 1971年(昭和46年)3月31日:退任 * 1977年(昭和52年)4月1日:日本赤十字社理事 :4月29日 勲一等瑞宝章 * 1978年(昭和53年)4月1日:日本赤十字社社長 * 1983年(昭和58年)7月:日本善行会会長 * 1987年(昭和62年)3月31日:日本赤十字社社長退任 :11月3日 勲一等旭日大綬章 * 1991年(平成3年)11月12日:逝去。正三位〔大蔵省印刷局『官報』第782号11ページ「叙位・叙勲 ○叙位」、1991年11月20日〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「林敬三」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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