|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 林 : [はやし] 【名詞】 1. woods 2. forest 3. copse 4. thicket ・ 権 : [けん, ごん] 1. (n,n-suf) authority 2. the right (to do something) ・ 助 : [すけ] (n) assistance
林 権助(はやし ごんすけ、安政7年3月2日(1860年3月23日) - 昭和14年(1939年)6月27日)は、明治・大正期の外交官・男爵。会津藩出身。林又三郎の子。会津藩大砲隊長・林権助安定は祖父。位階・勲等は従一位勲一等〔『官報』第3743号 1939年(昭和14年)6月29日 「叙任及辞令」 〕。 == 経歴 == 慶応3年(1867年)に藩校・日新館に入る。翌年の鳥羽・伏見の戦いで祖父と父が戦死したため、林家(550石)の家督を継ぎ、幼い身ながら会津戦争においては若松城に籠城して新政府軍と戦った。その後、藩の移封に従って斗南藩に移るが、母子の生活は大変苦しかった。そこへ、薩摩藩出身の陸軍少佐で、会津・薩摩両藩がともに公武合体派の立場にあった時に祖父の権助と京都警固の任にともにあたっていた児玉実文が林家の遺族の困窮ぶりを知り支援を申し出たことから、権助は東京の児玉の庇護の下で勉学に励むことになった。折しも児玉が権助を連れて鹿児島に帰省する途中で西南戦争に遭遇し、直接見聞する機会を得る。児玉は陸軍少佐で死去し、林は児玉の遺児を経済的に援助した〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「林権助」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|