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柏農山勝栄 : ミニ英和和英辞書
柏農山勝栄[はくのうざん しょうえい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かしわ, はく, ぽー]
 (n) oak
: [のう]
 【名詞】 1. farming 2. agriculture 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [さかえ, はえ]
 【名詞】 1. glory 2. prosperity

柏農山勝栄 : ウィキペディア日本語版
柏農山勝栄[はくのうざん しょうえい]

柏農山 勝栄(はくのうざん しょうえい、1923年7月6日-1958年5月16日)は、青森県南津軽郡大光寺町(現役当時、現・同県平川市)出身で、1940年代後半に活躍した大相撲力士高砂部屋に所属していた。本名は高木 勝栄(たかぎ しょうえい)。最高位は西前頭21枚目(1948年5月場所)。現役時代の体格は173cm、86kg。得意手は左四つ、吊り、寄り。
== 来歴 ==
16歳の時上京し、元大関・朝潮が率いる高砂部屋へ入門。1940年1月場所で初土俵を踏んだ。因みに、当初より四股名は、「柏農山」であった(以後は「國錦」を名乗った事もあったが、すぐに元の「柏農山」へ再改名している)。
体重90kgに満たない小兵で、身長もあまり高くなかったが、そうした身体上のハンディを克服して順調に出世。序ノ口に付いて約5年の1945年6月場所にて、新十両に昇進した。
だが、同場所直前に応召され、短期間ながら日本軍の一員として第二次世界大戦に参加。戦場から帰還後もスムーズに番付を上げてゆき、1948年5月場所で新入幕を果たした。
左四つからの寄りや吊りを得意とし、勝ち身も速かったものの、幕内では体の小ささも災いしてか苦戦。4勝7敗と大きく負け越して1場所で十両へ逆戻りし、以後、2度と幕内に復帰できなかった。
現役晩年は健康を害した事もあって休場がちとなり、幕下2枚目まで番付を落として1949年5月場所後、25歳の若さで引退を表明。新入幕から、僅か1年後の事であった。
引退後は日本相撲協会に残り、年寄・芝田山として後進を指導していたが、1952年5月場所を以って元前頭3枚目・大ノ海に名跡を譲渡し廃業した。
その後も健康はすぐれず、1958年5月16日、病のために34歳という若さで亡くなった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「柏農山勝栄」の詳細全文を読む




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