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柱章太郎 : ミニ英和和英辞書
柱章太郎[はしら]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はしら]
 【名詞】 1. pillar 2. post 
: [しょう, あきら]
 【名詞】 1. (1) chapter 2. section 3. (2) medal 

柱章太郎 ( リダイレクト:桂章太郎 ) : ウィキペディア日本語版
桂章太郎[かつら しょうたろう]

桂 章太郎(かつら しょうたろう、1914年5月8日 - 1935年)は、日本の俳優である〔キネマ旬報社, p.155.〕〔映画世界社, p.65.〕〔日外, p.134.〕〔''桂章太郎''、''jlogos.com'', エア、2013年5月22日閲覧。〕〔''桂章太郎''、''柱章太郎''(表題誤記)日本映画データベース、2013年5月22日閲覧。〕〔''桂章太郎''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月22日閲覧。〕。本名松田 秀雄(まつだ ひでお)〔〔〔〔。日本映画データベースにおける「柱章太郎」〔は、単純な誤記である〔〔〔。満18歳で映画主演して以降、サイレント末期の剣戟映画における青年スターであったが、満21歳で戦死した〔〔。
== 人物・来歴 ==
1914年大正3年)5月8日東京府東京市京橋区八丁堀(現在の東京都中央区八丁堀)に生まれる〔〔〔〔。
1926年(大正15年)3月、旧制小学校を卒業し、同年4月、旧制・日本大学中学校(現在の日本大学第一高等学校)に進学したが、満15歳になる1929年(昭和4年)、同校を中途退学して京都に移り、等持院東亜キネマ京都撮影所に入社する〔〔。同社での出演歴等は不明であるが、映画界にデビューして3年を経た1932年(昭和7年)、新興キネマと配給提携を行う製作会社・尾上菊太郎プロダクションに移籍、同年5月25日に公開された尾上菊太郎主演によるサイレント映画直参出世鳶』(監督押本七之助)に脇役出演、木村潤子の相手役を演じる〔〔〔〔。尾上菊太郎プロダクション第二部が製作した『怪傑鬼神組』(前篇・監督清水勝人、後篇・監督郷竜二)で初主演を果たす〔〔。1933年(昭和8年)4月、前年11月に高村正次御室撮影所に設立した宝塚キネマ興行に移籍、『天変二筋道』『男伊達三度笠』(いずれも監督堀江大生)に主演、羅門光三郎阿部九州男に次ぐ同社のスターとして待遇され、同年、映画雑誌『キネマ』において行われた「新進スタア推薦投票」において、第1位を獲得している〔。満19歳になるこのころ、1歳年下の女優・月宮乙女と結婚している〔映画世界社, p.81.〕。同年7月には同社では賃金未払いが発生、経営者と従業員が対立、製作も遅滞〔御室撮影所 立命館大学、2013年5月22日閲覧。〕、同年7月8日に公開された主演作『男伊達三度笠』を最後に、桂は月宮とともに同社を退社する〔〔〔〔。
同年8月、東京に戻って、北豊島郡西巣鴨町(現在の豊島区西巣鴨4丁目)にあった大都映画に月宮とともに入社する〔〔〔〔〔。同社では、社主・河合徳三郎の娘である三城輝子とのコンビを組み、『霧の中の仁侠児』(監督中島宝三)、『情艶鹿の子崩れ』(監督石山稔)、 『気まぐれ伊太郎』(監督中島宝三)、『日本巌窟王』二部作(監督中島宝三)等で人気を博した〔〔〔〔。『日本映画俳優名鑑 昭和九年版』によれば、身長5尺(151.5センチメートル)、体重12貫300匁(46.1キログラム)と記されている〔。
片岡千恵蔵に代表される「明朗型スター」として、そのフレッシュさに将来を期待されていたが、1935年(昭和10年)1月20日に公開された主演作『仇姿隠密道中』(監督大伴竜三)に出演したのを最後に召集され、独立守備隊に従軍、正確な日付は不明であるが、同年、満洲(現在の中華人民共和国東北部)にて戦死する〔〔〔。満21歳没。
出演作は『大号令』(監督吉村操、1934年)を除き、すべてサイレント映画であった〔〔。大都映画は、同年、桂の慰霊祭を行い、ドキュメンタリー映画『故桂章太郎慰霊祭實況』を製作、同年8月8日に公開された『御存知猿飛佐助 後篇』(監督大伴竜三)と同時に内務省警保局の検閲を受けた記録が残っている〔内務省, p.636-637.〕。月宮乙女は、同年中は大都映画に所属、出演していたが、翌年、阪東妻三郎プロダクションに移籍、戦後、小堀明男と再婚した〔、2013年5月22日閲覧。〕〔キネマ旬報社, p.455.〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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