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柳川重信 : ミニ英和和英辞書
柳川重信[やながわ しげのぶ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やなぎ]
 【名詞】 1. willow 2. slim 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important
: [まこと, しん]
  1. (adv,n) truth 2. faith 3. fidelity 4. sincerity 5. trust 6. confidence 7. reliance 8. devotion 

柳川重信 : ウィキペディア日本語版
柳川重信[やながわ しげのぶ]
柳川 重信(やながわ しげのぶ、天明7年〈1787年〉 - 天保3年閏11月28日1833年1月18日〉)とは、江戸時代後期の浮世絵師
== 来歴 ==
葛飾北斎の門人。姓は鈴木、名は重兵衛。雷斗、琴斎、鈴斎、雨蕉斎と号す。江戸の生まれで本所柳川町に住んでいたので柳川を称した。北斎の門人となり師の画法を極め、北斎の長女お美与と結婚し養子になったが、後に離縁となる。この時、実家に帰ったともいわれる。雷斗の号は北斎から譲渡されたものである。お美与と離縁になって後、文政5年(1822年)から文政9年(1826年)ごろ大坂に移住し、「東都柳川重信」という署名で浪花名所の風景画を描いた。また役者絵も描き、上方絵師に影響を与え大坂の地で門弟も育てている。作品は錦絵と読本の挿絵が多い。また肉筆美人画も手がけている。滝沢馬琴の長編読本南総里見八犬伝』の挿絵の大部分を、養子の重山(後の二代目柳川重信)とともに担当した。その他に、為永春水人情本春色梅児誉美』の挿絵などを描いた。重信の美人画は葛飾派というより、同時期の歌川派渓斎英泉の影響の強い、独自の画風を持って知られたが、詰屈な点が多かった。享年46。墓所は台東区下谷坂本の宗慶寺にある。
門人に二代柳川重信、柳斎重春、柳川雪信、柳川国直がおり、みな浪花錦絵を描いた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「柳川重信」の詳細全文を読む




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