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柴 平四郎(しば へいしろう、1884年(明治17年)5月3日 - 1935年(昭和10年)3月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。 ==略歴== 福島県田村郡飯豊村(現在の小野町)出身。国分平七の四男。鈴木貞造陸軍少将は兄。柴五郎の娘と結婚し、柴家の養嗣子となる。西原一策は義兄。 仙台陸軍地方幼年学校、陸軍中央幼年学校を経て、1905年(明治38年)3月、陸軍士官学校を卒業(17期)。成績優秀のため恩賜の時計を下賜される〔小島p.201〕。東條英機、前田利為は同期生である。同年4月、砲兵少尉に任官。1914年(大正3年)には陸軍大学校(26期)を卒業した。野戦砲兵第15連隊中隊長、第13師団参謀などを経て、シベリア出兵に第12師団兵站参謀として出征。浦塩派遣軍兵站参謀、討伐隊司令部参謀として転戦した。1919年(大正8年)に帰国後、第4師団、近衛師団、東京湾要塞兼横須賀鎮守府、第1師団の各参謀を歴任した。1329年(昭和4年)8月大佐に昇進後、野戦砲兵第3連隊、野戦重砲兵第8連隊の各連隊長、近衛師団参謀長に補され、1936年(昭和9年)3月5日少将へ昇進。鎮海湾要塞司令官となるが公務中に負傷し、同月中に死去した〔小島p.201〕。稚松会会員。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「柴平四郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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