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森 又七郎(もり またしちろう、1849年3月4日(嘉永2年2月10日) - 1925年(大正14年)5月29日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。 == 経歴 == 本籍東京府。1870年10月2日(明治3年9月8日)、海軍兵学寮(1期)に入る。1873年(明治6年)11月、海軍少尉補に任官し「乾行」乗組海兵寮出勤となる。1874年(明治7年)10月、海軍少尉任官。 1876年(明治9年)2月、「龍驤」乗組となり西南戦争に参加。1885年(明治18年)6月、海軍少佐に昇進。1886年(明治19年)1月、長浦水雷武庫主事に就任し、海軍兵学校勤務、海兵編修長、海兵水雷術教授長を歴任。1887年(明治20年)3月、「春日」艦長に就任。1889年(明治22年)4月、「筑紫」艦長心得となり、同年8月、海軍大佐に進級し「筑紫」艦長に就任。 1890年(明治23年)5月、「迅鯨」艦長に転じ、「比叡」艦長(豪州回航)、横須賀鎮守府海兵団長、「迅鯨」艦長、水雷術練習所長を歴任。1894年(明治27年)7月、「山城丸」艦長に就任し日清戦争に出征。さらに「近江丸」艦長、呉知港事を務める。 1895年(明治28年)7月、呉鎮守府予備艦部長兼呉知港事となり、呉水雷団長、兼呉鎮守府軍港部長を歴任。1898年(明治31年)8月に待命となり、同月、海軍少将に進み予備役編入。同月、港務局長兼横浜港務局長に就任。1902年(明治35年)4月、神奈川県港務長に就任し、同年7月、依願免官となった。1907年(明治40年)7月28日に後備役となる〔『官報』第7226号、明治40年7月31日。〕。1912年(明治45年)7月29日(大正改元の前日)に退役した〔『官報』第1号、大正元年7月31日。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「森又七郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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