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棲霞山石窟 : ミニ英和和英辞書
棲霞山石窟[せいかざん せっくつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かすみ]
 【名詞】 1. mist 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 

棲霞山石窟 : ウィキペディア日本語版
棲霞山石窟[せいかざん せっくつ]
棲霞山石窟(せいかざん せっくつ)は、中国江蘇省南京郊外の北東22キロに位置する棲霞山(摂山)西麓にある仏教石窟。別名、千仏巌。また、附近には、代に造営された天開巌も存在する。
== 概要 ==
栖霞寺背後の砂岩質の岩壁を造営した石窟群であり、南朝南斉以後に江南地方で営まれた石窟で、遺例が少ないため資料的価値が高い。
栖霞寺を開創したのは、南斉の処士・明僧紹である。法度を招請して建立し、その後、三論宗僧朗僧詮吉蔵といった諸祖と称せられる名だたる学僧が住した。故に、この地は、三論宗の発祥地とも呼ばれている。
寺の方は、寺名が代以後に、功徳寺、棲霞寺、普雲寺、虎穴寺と変遷し、明代の初めに栖霞寺と変わり、以後、現在に至っている。
石窟に関しては、唐の上元3年(676年)に造立された「明徴君碑」に関連する記述が見られる。それによれば、石窟を造営したのは、明僧紹の子に当たる明仲璋や法度らである、という。また、本尊に相当する無量寿仏像は、天監15年(516年)に、臨川王蕭宏が建立した、とする。
一方、『摂山志』には、江総による文章が収められている。
中央には、北面した石窟(幅8.18m、深さ6.67m)が穿たれ、その中に無量寿仏像を安置している。その仏像を中心として、小規模な石窟が北東方向に4窟、西側に20窟が確認できる(幅3.64m、深さ3 - 0.9m)。三尊仏や十六羅漢金剛力士四天王像などが彫られている。
この石窟は砂岩質のため、岩質が脆く、摩滅が著しい。また、入り口部分などは後世の補修がされている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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