翻訳と辞書
Words near each other
・ 植村氏
・ 植村氏明
・ 植村永孚
・ 植村泰一
・ 植村泰勝
・ 植村泰忠
・ 植村泰忠 (物理学者)
・ 植村泰朝
・ 植村浩
・ 植村海老名論争
植村清二
・ 植村理葉
・ 植村環
・ 植村甲午郎
・ 植村益蔵
・ 植村直己
・ 植村直己冒険賞
・ 植村直己冒険館
・ 植村直己物語
・ 植村直己記念スポーツ公園


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

植村清二 : ミニ英和和英辞書
植村清二[うえむら せいじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [むら]
 【名詞】 1. village 
: [に]
  1. (num) two 

植村清二 : ウィキペディア日本語版
植村清二[うえむら せいじ]
植村 清二(うえむら せいじ、1901年1月30日 - 1987年5月27日)は、東洋史学者。大阪市生まれ。実兄は直木三十五
1925年東京帝国大学文学部東洋史学科卒業、1938年松山高等学校教授、1941年新潟高等学校教授、1949年新潟大学人文学部教授、1965年定年退官、1966年国士舘大学文学部教授。
== 年譜〔植村〕 ==

*1901年1月30日 - 父惣八、母しづの次男として大阪市南区内安堂寺町通に生まれる。父は古着屋。
*1908年4月 - 大阪市桃園第一尋常小学校に入学。
*1913年4月 - 大阪府立天王寺小学校に入学。
*1919年4月 - 山口高等学校(文科乙類)に入学。
*1922年4月 - 東京帝国大学文学部東洋史学科に入学。
*1923年7月 - 華北に旅行。
*1925年3月 - 東京帝国大学卒業。文学部東洋史学科副手に就任。
*1926年3月 - 東京府立第五中学校講師に就任。
*1928年3月 - 松山高等学校教授に就任。
*1932年12月24日 - 母しづ死去。
*1932年12月27日 - 井上房枝と結婚。
*1934年2月24日 - 兄宗一(直木三十五)死去。
*1935年 - 長女真弓誕生。
*1938年 - 父死去。長男植村鞆音誕生。
*1940年 - 二女美鈴誕生。
*1941年 - 新潟高等学校教授に就任。
*1946年6月5日 - 妻死去。
*1949年 - 新潟大学人文学部教授に就任。
*1958年4月 - 新潟大学人文学部長に就任。(-1961年3月)
*1965年3月 - 新潟大学を退職。神奈川県逗子市に転居。新潟大学名誉教授。
*1966年 - 国士舘大学文学部教授、東京女学館短期大学教授に就任。東京都練馬区に転居。
*1971年 - 囲碁三段(日本棋院)に昇段。
*1972年 - 勲三等旭日中綬章受章。
*1986年 - 国士舘大学退職。
*1987年5月27日 - 東京新宿の聖母病院にて死去。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「植村清二」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.