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横山安武 : ミニ英和和英辞書
横山安武[よこやま やすたけ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よこ]
 【名詞】 1. beside 2. side 3. width 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 

横山安武 : ウィキペディア日本語版
横山安武[よこやま やすたけ]
横山 安武(よこやま やすたけ、天保14年(1843年) - 明治3年7月26日1870年8月22日))は、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての薩摩藩士。初名は正太郎。
== 生涯 ==
天保14年(1843年)、薩摩藩士・森有恕の四男として誕生。弟に森有礼がいる。
儒学者横山安容の跡を継いで藩に出仕し、後に島津久光に側近として仕える。久光の子に藩外での遊学を勧め、佐賀佐賀藩)や山口長州藩)に同行するが、その際に奇兵隊の一部の隊士の脱隊騒動が発生し、安武は騒動を報告するため無断で鹿児島に帰国したため、久光に免職された。その後、田口文蔵の門人となる。
明治3年(1870年)7月、時弊10箇条を挙げた書を集議院門扉に公示し、津軽藩邸前で屠腹して果てた。その建言は、上に達することはなかった。
安武は、当時さかんに論じられていた征韓論に対しては「ただでさえ国内が疲弊しているときに、征韓などできるはずがない」という見解をもっており、その自決には征韓論に対する抗議の意味があった〔拳骨(2013)p.120〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「横山安武」の詳細全文を読む




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