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横山雅男 : ミニ英和和英辞書
横山雅男[よこやま まさお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よこ]
 【名詞】 1. beside 2. side 3. width 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [おとこ]
 【名詞】 1. man 

横山雅男 : ウィキペディア日本語版
横山雅男[よこやま まさお]

横山 雅男(よこやま まさお、文久2年10月15日1861年12月16日) - 1943年昭和18年)2月22日)は、日本の統計学者安芸国賀茂郡吉土実村(現・広島県東広島市)出身。
== 経歴 ==
広島県師範学校広島大学教育学部の前身)卒業。広島県内で小学校教員を務めた後上京。当時はまだ新奇な学問であった統計学の存在を知り、表記学社(1878年スタチスチック社、1892年統計学社と改名、1944年東京統計協会と合併し日本統計協会と改称)が1883年杉亨二岩崎弥太郎渋沢栄一、世良太一らの尽力で設立した日本で最初で最後の統計専門学校「共立統計学校」の第一期生として入学。3年間、杉亨二の弟子として本格的に統計学を学ぶ。「共立統計学校」は横山ら第一期生を輩出して1886年、僅か3年で廃校となった。卒業後、表記学社及び後進会社・協会の常任委員・評議員・幹事を務め、1926年から1935年までは同社社長として『統計学雑誌』等の編集、刊行を行う。また生涯を通じて著書、論文を発表しながら統計学の研究と普及に努めた。専修学校(専修大学の前身)をはじめ、大日本私立衛生会(日本医師会の前身の一つ)、東京郵便電信学校、中央および地方統計講習所等、数多くの学校で統計学の講師を務め、慶應義塾大学では約20年間にわたって統計学を講じ多くの後進を育てた。1903年には陸軍教授に任命され、陸軍大学校で統計学を教授。1913年には内閣統計局兼任統計官を務めた。また全国各地の講習会に出向き統計学を講義。横山らの講習を受けた人員は10数年間で全国約2万人に上った。この講習会の多くで横山の著した『統計通論』が用いられ、当時の日本に於ける統計実務担当者の事実上の標準・教科書としての役割を果たした。この書は20版を重ね中国語にも翻訳され、当時の中国の統計行政にも用いられたとされる。
日本に於ける統計学黎明期を支え、統計学普及最大の功労者の一人である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「横山雅男」の詳細全文を読む




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