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橋本公之 : ミニ英和和英辞書
橋本公之[はしもと]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はし, きょう]
 【名詞】 1. bridge 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
: [こう]
  1. (n,suf) prince 2. lord 3. duke 4. public 5. daimyo 6. companion 7. subordinate
: [これ]
 (int,n) (uk) this

橋本公之 ( リダイレクト:橋本平左衛門 ) : ウィキペディア日本語版
橋本平左衛門[はしもと へいざえもん]
橋本 平左衛門(はしもと へいざえもん 貞享元年(1684年) - 元禄14年11月6日1701年12月5日))は、江戸時代前期の武士赤穂藩浅野氏の家臣。名は公之(きんゆき)。赤穂藩では馬廻り役100石。
橋本茂左衛門の子といわれる。『赤穂藩分限帳』(元禄13年頃)には馬廻り役百石橋本兵助(岡林直之組所属)とある。「兵助」は平左衛門の幼名だといわれるが、年齢的に父の可能性もある。
主君浅野長矩の刃傷後、当初から大石良雄に従ったが、赤穂城開城後に京都で暮らし、大坂曽根崎新地へ足を踏み入れ、淡路屋のお初という遊女と馴染みを重ねるようになり、元禄14年(1701年)11月6日の夜に心中した。享年18。『早見家文書』によれば、同じ岡林の組に属していた早水満尭が駆けつけて、一切の後始末をしたとしている。
category:赤穂事件関係人物



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「橋本平左衛門」の詳細全文を読む




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