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橘永愷 : ミニ英和和英辞書
橘永愷[たちばな]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たちばな]
 【名詞】 1. kind of citrus fruit 

橘永愷 ( リダイレクト:能因 ) : ウィキペディア日本語版
能因[のういん]
能因(のういん、永延2年(988年) - 永承5年(1050年)あるいは康平元年(1058年))は、平安時代中期の僧侶歌人〔。俗名は橘永愷(たちばな の ながやす)〔。法名は初め融因近江守橘忠望の子で、兄の肥後守橘元愷の猶子となった。子に橘元任がいた。中古三十六歌仙の一人〔。
== 経歴 ==
初め文章生に補されて肥後進士と号したが、長和2年(1013年)、出家した。和歌に堪能で、伊勢姫に私淑し、その旧居を慕って自身の隠棲の地も摂津国古曽部にさだめ、古曽部入道と称した。藤原長能に師事し、歌道師承の初例とする〔郷土資料案内 - 高槻ゆかりの歌人 -伊勢と能因- 高槻市立図書館ホームページ〕。和歌六人党を指導する一方、大江嘉言源道済などと交流している。甲斐国陸奥国などを旅し、多くの和歌作品を残した。
後拾遺和歌集』(31首)以下の勅撰和歌集に67首が入集している〔『勅撰作者部類』〕。歌集に『能因集』があり、ほかに私撰集『玄々集』、歌学書『能因歌枕』がある。
(現大阪府高槻市古曽部町)には、隠棲の地と伝えられる少林窟道場(「正林庵」、「松林庵」)や、その墓と伝えられている陵が存在する〔伝能因法師墳 高槻市ホームページ〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「能因」の詳細全文を読む




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