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武蔵ヶ丘(むさしがおか)は、熊本市北区と菊陽町の地名であり団地名。熊本都市圏を代表する住宅地、団地のひとつである。武蔵の地名は近くの県道337号線沿いにある宮本武蔵ゆかりの史跡「武蔵塚」から命名された〔熊本市立武蔵中学校ホームページ 〕。 == 概要 == 熊本市の北東部に位置し、楠団地や光の森・すずかけ台・杉並台・永江団地といった菊陽町や合志市などに跨って隣接する広大なニュータウン区域の拠点となっている。高度成長期の1960年代末、当時一面の農業地帯、丘陵地帯であったこの一帯で大規模な住宅地開発が計画されたが、九州自動車道をはさんで西側に位置する楠団地は熊本市によって整備されたのに対し、武蔵ヶ丘は県(県住宅公社)主導で整備が進められた。70年代初頭には熊本でもまだ珍しかった高層集合住宅を建設し、これを核としてその周囲に一般住宅や公園が取り巻くというニュータウンが形成され、また、武蔵中央通りと呼ばれる麻生田から楠や武蔵ヶ丘へ抜ける通り沿いには商業施設ムサシプラザやニコニコドーをはじめとした店舗が立ち並び急速に発展した。さらに1981年の武蔵塚駅の開業や、道路網の整備に伴い熊本市中心街とも短時間で結ばれるようになるとますます人口も増加し、昭和50年代に楠小学校、中学校から分離して武蔵小学校、中学校が誕生している。 宅地開発40年近くを経て、現在は商業の中心としてはゆめタウンがオープンした光の森周辺に移った感もあるものの、現在でも熊本市北東部の一大拠点として、熊本県内のニュータウンの筆頭としてゆるぎない地位を築き上げている。 なお、上記の通り、武蔵ヶ丘地区は菊陽町にも跨いでいる。このあたりの境界線は入り組んでおり、熊本市と合志市の境界に割り込むような形で菊陽町の領域が細長く食い込んでいるものの住宅地としては熊本市側と区分されることなく一体的に開発されたため、傍目ではまったく市町境界を跨いでいるようには見えない。菊陽町の区域は津久礼という大字であったが、以前より小・中学校名〔熊本市立武蔵小学校 のページには「宮本武蔵の名前と武蔵ヶ丘から武蔵ヶ丘小と名づけたかったそうですが、残念ながら、隣の町の小学校が先に名前を決めてしまったそうです。そこで武蔵小学校になったということです。」とある。〕 や役場支所名で武蔵ヶ丘の地名を使用していたこともあり、2009年に住居表示が実施された際に「菊陽町武蔵ヶ丘○丁目」となった。ところが、隣接する熊本市にも同じ「熊本市北区武蔵ケ丘○丁目」〔現在は熊本市の方は「武蔵ケ丘○丁目」と「ケ」を大きくするのが公式の表記となっている。〕が存在しており、紛らわしいという声が住民間で持ち上がった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「武蔵ヶ丘」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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