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武誠山 一成(ぶせいざん いっせい、1981年5月27日 ‐ )は、茨城県笠間市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属していた元大相撲力士。本名は中野 一成(なかの いっせい)。現役時代の体格は身長184cm、体重153kg、血液型O型。得意技は押し、左四つ、寄り。最高位は東幕下7枚目(2011年7月場所)。好物は焼肉。嫌いなものはししとう。趣味はプロレス観戦。 == 来歴 == 笠間小学校3年生で相撲を始め、笠間中学校3年生の時には全国中学校相撲選手権大会で準優勝した。金沢市立工高を経て東洋大学へ進学し、大学時代は個人タイトル7個を獲得した。2003年には相撲部主将を務め、国体成年Aでは決勝で大学の先輩である横山英希(のち十両・高見藤)を敗って優勝し、幕下付出資格を得た。全日本相撲選手権で左手首を亀裂骨折したためデビューが遅れ、2004年5月場所に幕下15枚目格付出で武蔵川部屋から初土俵を踏んだ。同期生には把瑠都がいる。 順調な出世を期待されたが、2004年5月場所を3勝4敗と負け越すと、そこから3場所連続で負け越した。その後2場所連続で勝ち越したものの、右膝の靭帯を痛め2005年3月場所を全休し、幕下15枚目格付出力士として初めて三段目に陥落した。2005年は故障の影響からか幕下と三段目の往復が続き、2006年になって幕下に定着した。2007年11月場所には、幕下15枚目以上で自身初の勝ち越しを決めた。しかしながら関取昇進はかなわず、深刻な腰痛の影響で稽古もままならなくなって2013年7月場所では三段目、2015年11月場所では序二段と次第に番付降下の一途を辿った。しかし、序二段で勝ち越すことは一度もできずに2016年1月場所限りで現役を引退した。引退時には最高158kgあった体重が98kgまで激減していたという。〔元幕内大道、土佐豊ら11人の引退を発表 日刊スポーツ 2016年1月27日(2016年1月27日閲覧)〕〔ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年2月号(初場所総決算号)88頁〕 大学の同期には、共に前相撲デビューの木村山と磋牙司がいるが、皮肉にも2人とも入幕を果たしている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「武誠山一成」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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