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歩兵第50連隊 : ミニ英和和英辞書
歩兵第50連隊[ほへいだい50れんたい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ほ, ふ]
 【名詞】 1. a step 2. a stride 3. counter for steps 
歩兵 : [ほへい]
 【名詞】 1. infantry 2. infantryman 3. foot soldier 
: [へい]
 【名詞】 1. (1) (common) soldier 2. rank and file 3. (2) army 4. troops 5. (3) warfare 6. strategy
: [だい]
 (n,pref) ordinal
: [むらじ, れん]
 【名詞】 1. party 2. company 3. group 
連隊 : [れんたい]
 【名詞】 1. regiment 
: [たい]
 【名詞】 1. party 2. company 3. body (of troops) 4. corps

歩兵第50連隊 : ウィキペディア日本語版
歩兵第50連隊[ほへいだい50れんたい]

歩兵第50連隊(ほへいだい50れんたい、''歩兵第五十聯隊'')は、大日本帝国陸軍連隊のひとつ。
== 沿革 ==

* 1905年(明治38年)
:3月31日 - 編成下令、連隊本部と第2大隊は仙台にて、第1大隊は東京にて、第3大隊は村松にて編成される
:4月15日 - 軍旗拝受
:7月2日 - 樺太に派遣、講和後(ポーツマス条約)は一時台湾の守備に就く
* 1906年(明治39年)4月 - 韓国に派遣
* 1908年(明治41年) - 帰還
:11月3日 - 松本に転営し〔『官報』第7623号、明治41年11月21日。〕、独立第13師団から第13師団に所属変更
* 1913年(大正2年) - 南満州駐在、その後のシベリア出兵にも出動
* 1925年(大正14年)5月1日 - 宇垣軍縮により第13師団は廃止、第14師団に所属変更
* 1927年(昭和2年)8月 - 満州駐剳、関東州柳樹屯に駐屯
* 1928年(昭和3年)5月 - 山東出兵に出動
* 1929年(昭和4年)4月 - 帰還
* 1931年(昭和6年) - 満州事変に出動
* 1934年(昭和9年)5月 - 帰還
* 1937年(昭和12年)
:8月14日 - 動員下令、塘沽に上陸し鉄道移動ののちに保定に到着、華北各地で作戦する
* 1938年(昭和13年) - 徐州会戦に参加
* 1939年(昭和14年)12月27日 - 帰還
* 1941年(昭和16年)
:4月1日 - 第14師団から第29師団に所属変更
:4月16日 - 松本から満州遼陽へ移駐
* 1944年(昭和19年)
:2月10日 - 中部太平洋への転用が決定され釜山へ移動、宇品経由でサイパン島に向かう
:当初、歩兵第18連隊テニアン島の守備に就く手筈であったが、輸送船に対する攻撃と混乱および損害のため、本連隊が換わりに上陸する
:3月15日 - テニアン島の守備に就く
:7月24日 - アメリカ軍上陸
:8月2日 - 連隊長以下の残存兵約1,000名は最後の攻撃を行い玉砕する

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「歩兵第50連隊」の詳細全文を読む




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