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比粟毒 : ミニ英和和英辞書
比粟毒[ひあわどく]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひ]
  1. (n,n-suf) (1) ratio 2. proportion 3. (2) Philippines 
: [あわ]
 (n) millet
: [どく]
 【名詞】1. poison 2. toxicant

比粟毒 : ウィキペディア日本語版
比粟毒[ひあわどく]
比粟毒呉音:びそくどく、漢音:ひしょくとく、拼音:Bǐsùdú、生没年不詳)は、回紇部の俟利発(イルテベル:部族長)で瀚海都督〔俟利発(イルテベル:Iltäbär)とは、突厥可汗国が各部族長に与える称号の一つ。しかし、回紇部はそれを自称していた。〕。婆閏の甥〔『新唐書』では子。〕。姓は薬羅葛(ヤグラカル)氏で、名は比粟毒。『新唐書』では比栗(Bǐlì)と表記。
==生涯==
龍朔中(661年 - 663年)、婆閏が死ぬと、甥の比粟毒は回紇部を率いて同羅部僕固部と共に犯辺し、に対して反旗を翻した。唐の高宗鄭仁泰に命じて僕固らを討平させ、比粟毒を敗走させると、鉄勒本部をもって天山県とした。龍朔3年(663年)、唐は燕然都護府を回紇に領させ、瀚海都護府とした。
永隆中(680年 - 681年)に比粟毒が死ぬと、子の独解支が後を継いだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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