翻訳と辞書
Words near each other
・ 水野信近
・ 水野修孝
・ 水野倫之
・ 水野健二
・ 水野優
・ 水野優 (翻訳家)
・ 水野元休
・ 水野元倫
・ 水野元朝
・ 水野元知
水野元綱
・ 水野光太
・ 水野分長
・ 水野利八
・ 水野利夫
・ 水野剛也
・ 水野勝
・ 水野勝 (俳優)
・ 水野勝任
・ 水野勝俊


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

水野元綱 : ミニ英和和英辞書
水野元綱[みずの もとつな]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [の]
 【名詞】 1. field 
: [げん, もと, がん]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 4. (2) former 

水野元綱 : ウィキペディア日本語版
水野元綱[みずの もとつな]
水野 元綱(みずの もとつな、慶長6年(1601年) - 寛文5年5月16日1665年6月29日))は、三河新城藩の第2代藩主。上野安中藩の初代藩主。新城藩初代藩主・水野分長の長男。母は山口重勝の娘。正室は中川秀成の娘。子は水野元倫(長男)、水野元知(次男)、娘(那須資国室)。官位は従五位下大和守、備後守。新城城主。
慶長6年(1601年)、尾張に生まれる。慶長12年(1607年)から徳川秀忠に仕え、慶長17年(1612年)に大和守に任ぜられた。慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では水野忠元に属して出陣し、夏の陣では首級を挙げた。元和2年(1616年)に近江伊香郡内で1000石を与えられた。
元和6年(1620年)に父・分長が徳川頼房に付けられて常陸水戸藩に移ると、三河新城藩1万石を相続する(この際に近江の領地は収公された)。この際に備後守に改めた。その後、大番頭奏者番などを務め、寛永10年(1633年)に4000石を加増され1万4000石となる。慶安元年(1648年)に上野安中2万石に移封された。明暦3年(1657年)に琉球の使いが日光山に行く際にそこに赴く。
寛文4年(1664年)10月26日、次男の元知に家督を譲って隠居し、寛文5年(1665年)5月16日に死去した。享年65。法名は心源道要自雲院。墓所は東京都新宿区新宿の天龍寺



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「水野元綱」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.