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氷川 瓏(ひかわ ろう、1913年(大正2年)7月16日 - 1989年(平成元年)12月26日)は、日本の作家。探偵小説家。東京都出身。 == 経歴・人物 == 本名、渡辺 祐一。同じく探偵作家の渡辺剣次(本名・渡辺健治)は実弟である。また、ファンタジー作家のひかわ玲子は姪にあたる。東京商科大学(現在の一橋大学の前身)卒業。 戦後、創刊されて間もなかった雑誌『宝石』1946年(昭和21年)5月号に、「乳母車」を発表しデビューした〔この掲載は江戸川乱歩の推薦によるもの。元々は弟の渡辺剣次が編集した自筆同人誌『黄金虫』に掲載された作品であった。〕。以後、断続的に幻想・怪奇系に属する探偵小説作品を書いた。一方でもともと純文学指向のあった彼は木々高太郎が編集にあたっていた『三田文学』に本名で「天平商人と二匹の鬼」、「洞窟」の二編を発表、後者は1952年度上半期の第27回直木賞候補となっている〔『怪奇探偵小説名作選9 氷川瓏集 睡蓮婦人』日下三蔵編、ちくま文庫・2003 巻末「解説」より〕。また1953年に久々に発表した幻想小説「睡蓮婦人」が翌1954年に第7回日本探偵作家クラブ賞の候補となり、この回には受賞作が出なかったものの候補となった三作(本作、鷲尾三郎「雪崩」、丘美丈二郎「鉛の小函」)には奨励賞が与えられている〔。 その後、1950年代(昭和30年代)には一旦オリジナルの小説から離れ、ポプラ社の少年探偵団シリーズなど江戸川乱歩作品の子供向けリライトや、「涙香死美人」など乱歩名義の翻案を手がけた。また、野口英世の伝記「帰国」を書いている。 江戸川乱歩賞の予選委員を長く務めるなど、ミステリ界とのつながりは保っていたものの、やがて創作の分野では純文学の方向に大きくシフトし、1961年からは同人誌『文学造形』を主宰、1963年には木々高太郎が主宰した『詩と評論と小説』にも参加している〔。しかし1975年(昭和50年)になって探偵小説専門誌『幻影城』が創刊されると、「陽炎の家」及び「華胥の島」を執筆、ミステリ作家として未だ筆の衰えがないことを示した。 1989年(平成元年)、心不全により死去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「氷川瓏」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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