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泉州山 喜裕(せんしゅうやま よしひろ、1975年9月1日 - )は、大阪府堺市堺区出身で高砂部屋所属の元大相撲力士、株式会社KP所属のタレント。本名は、佐藤 喜裕(さとう よしひろ)。大相撲時代の体格は身長178cm、体重142kg、現在は身長178cm、体重120kg。得意手は、突き、押し。自己最高位は、東十両筆頭(2002年11月場所、2005年7月場所)。趣味は、舞台鑑賞、釣り、バイクツーリング。 == 来歴 == 鮮魚店の次男。中学校1年生の時はハンドボール部だった。此花学院高等学校を1年で中退し、髙砂部屋に入門。1992年5月場所に初土俵を踏んだ。小柄だったため三段目でやや苦労したが、着実に番付を上げて行った。幕下に昇進してからは、大勝ちも大負けもなく安定した成績を残した。2000年5月場所に十両に昇進した。しばらく十両と幕下を往復する生活が続いていたが、2002年3月場所に4度目の再十両を果たすと十両に定着。優勝争いに加わるなど健闘した。腰の故障もあり一度は幕下に陥落したが、直に十両に戻り入幕を狙える地位まで番付を上げた。2場所連続負け越しで迎えた2005年11月場所は東十両5枚目で2勝7敗から6連勝して勝ち越し。2006年1月場所は西十両3枚目で新入幕を狙ったが、なかなか星が伸びずに3勝12敗と大敗を喫した。翌3月場所も西十両12枚目で7勝8敗で2場所連続の負け越しとなってしまったが、翌5月場所も同じ地位に据え置かれた。しかし、その場所は6勝9敗と負け越し、翌場所は無念の幕下陥落となった。幕下でも2場所連続して負け越し、11月場所で負け越すと1年全て負け越しだったが、東幕下36枚目で4勝3敗と勝ち越し面目を保った。東幕下27枚目だった2007年1月場所後の1月21日、日本相撲協会に引退届を提出した。 引退後は元大関の小錦八十吉が経営する株式会社KPに所属し、タレントとして活動している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「泉州山喜裕」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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