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活貧団(ファルビンダン、활빈단)は、大韓民国の右派民族主義団体であり、“反日”(韓国においては愛国)団体でもある。活貧党(활빈당)と漢字を当てる表記もあるが、現在韓国で活動している団体については、活貧団が正しい。 ==歴史上の「活貧党」== 活貧党は、もともと許均(ホギュン)が17世紀初頭に著したとされる、最古のハングル表記の小説である『洪吉童(ホン・ギルトン)伝』において、貴族(両班)の出ながら、体制に抵抗して役人や金持ちから物品を奪い、それを貧しい人に分け与えた洪吉童を首領とする義賊が、「活貧党」であったことに始まる。この小説は、義侠小説として李氏朝鮮期の民衆に広く読まれた。 李氏朝鮮末期の1894年に東学徒や農民の蜂起によって起きた甲午農民戦争が李氏朝鮮および大日本帝国陸軍に鎮圧されると、散り散りになった残党の一部が1899年に「活貧党」(:ko:활빈당)を結成し、抗日闘争をはじめた。活貧党とは、剣契・火賊・東匪・西学党・南学党・英学党などの別名がある一連の反政府的組織である。彼らは、大韓帝国政府に、農民や商人の待遇改善、防穀令実施、列強に奪われた利益の奪還、鉱山開発権や鉄道敷設権の外国への譲渡の反対等を「大韓四民論説十三条目」として要求した。また、監獄を襲って囚人を脱走させて武器を奪い、朝鮮南部を中心に朝鮮半島全土で、特に日本との通商禁止を掲げて反日武装蜂起を次々に起こした。彼らは、外国排斥をかかげて、日本人商店や、日本などの外国資本が作った鉄道・その他の社会インフラを破壊した。これも、日本軍に鎮圧され、ほとんどが処刑された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「活貧団」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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