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浅沼商会 : ミニ英和和英辞書
浅沼商会[あさぬましょうかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ぬま]
  1. (n,n-suf) swamp 2. bog 3. pond 4. lake 
: [しょう]
  1. (n,n-suf) quotient 
商会 : [しょうかい]
 【名詞】 1. firm 2. company 
: [かい]
  1. (n,n-suf,vs) meeting 2. assembly 3. party 4. association 5. club 

浅沼商会 : ウィキペディア日本語版
浅沼商会[あさぬましょうかい]

株式会社浅沼商会(あさぬましょうかい)は、写真映像用品を扱う商社で、各種写真器材の輸入販売、卸売りを手がけている。
== 概要 ==
創業者の浅沼藤吉は日本橋の薬問屋を出てから写真館相手に湿板写真の薬品の行商をしたのち、1871年に写真材料専門店の看板を上げた〔『クラシックカメラ専科No.16、コンパクトカメラ』p.142。〕。当初は輸入の困難から外国商人から仕入れていたが、写真師の増加に伴い1877年頃から直輸入に踏み切った。小西屋六兵衛の店(のち小西六写真工業、コニカを経て現コニカミノルタ)とは1軒挟んだ隣同士で、ライバル意識もあってか顧客サービスを重視し、両店とも評判は上々であった〔。金持ちの写真旅行には随行し荷物持ちやご機嫌取りをし〔、有名な写真大尽の鹿嶋清兵衛が旅先でお金を使い果たして泣きついて来た時などは東京から大金を取り寄せて用立てたという〔。
1906年、不正業者を断ち写真機材の高価んを組織的に行う目的で東京写真材料商組合が結成された。当時は取引の系列は浅沼派と小西派に分かれていたため、浅沼と小西六で1年おきに組合長を担当することになった。
第一次世界大戦後の好景気で小回りの効く小規模写真材料商の数も増えたことから、浅沼は卸売問屋に転じた〔。
古くからKINGという自社ブランド名(日本国登録商標第90625号の12、1918年)で、写真用台紙、アルバム、現像用品、撮影用品などを販売している。創業は1871年(明治4年)、会社の設立は1928年(昭和3年)である。本社は東京都中央区日本橋のニホンバシビルに所在する。
また、グループ企業としてアクメルがあった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「浅沼商会」の詳細全文を読む




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