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清州市(チョンジュし/せいしゅうし)は大韓民国忠清北道西部の市。道庁所在地。忠清北道で唯一の特定市である。 ==歴史== 百済の上党県で、軍事要地であった。 統一新羅時代に西原京が置かれ、高麗時代に清州と改称した。 1905年の京釜線開通とともに交通の要衝となり、1908年忠清北道観察使が忠州から移ってきた(道庁所在地になったことを意味する)。 日本統治時代の朝鮮の1931年に面から邑に昇格し、1946年の清州府への昇格と清原郡の分離を経て1949年清州市に改称、1995年区制が導入された。 * 1946年6月1日 - 清州郡清州邑が清州府に昇格。 * 1949年8月15日 - 清州府が清州市に改称 * 1963年1月1日 - 清原郡四州面を編入。 * 1983年2月15日 - 清原郡江西面および琅城面・江内面・南一面の各一部を編入。 * 1990年8月1日 - 清原郡南一面・南二面・北一面のそれぞれ一部を編入。 * 1995年1月1日 - 上党区、興徳区設置(2区)。 * 2014年7月1日 - 清州市・清原郡が合併し、清州市が発足〔http://news1.kr/articles/1155377 통합청주시 4개구 명칭 '청원·상당·서원·흥덕' 확정, 뉴스1, 2012年5月30日〕(4区3邑10面)。 * 上党区の一部と内秀邑・梧倉邑・北二面の地域をもって、清原区を設置。清原区庁は現在の上党区庁へ移転。 * 興徳区の一部と南二面・賢都面の地域をもって、西原区を設置。西原区庁は現在の興徳区庁へ移転。 * 加徳面・南一面・琅城面・文義面・米院面が上党区に編入。 * 五松邑・江内面・玉山面が興徳区に編入。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「清州市」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Cheongju 」があります。 スポンサード リンク
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