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清水第八スポーツクラブ(しみずだいはちスポーツクラブ)は静岡県静岡市(旧・清水市)を本拠地とするサッカークラブであるが、 一般には2010年まで日本女子サッカーリーグに所属していた女子サッカーチーム「清水第八プレアデス」が知られている。そのためここではプレアデスについて記述する。 日本の女子サッカー創成期の強豪であったが日本女子サッカーリーグ(JLSL:のちのL・リーグ)に当初は不参加のため主力選手流出で弱体化。2001年に念願のL・リーグ入りを果たしたが、二部制となった2004年から2010年まで2部リーグ(当時L・リーグ2部(L2)、のちのなでしこリーグ2部、2010年はチャレンジリーグEAST)に所属し、2010年の入れ替え戦の結果、日本女子サッカーリーグから降格したが2013年チャレンジリーグに再昇格。しかし2015年は東海女子サッカーリーグに降格。 クラブの名称は前身となる「清水第八青年学級」に由来し、また「八」の字形が地元の名勝・富士山を連想させることや、「末広がり」のため日本一になる目標にも通じるためであるといわれる。 == クラブの概要・歴史 == 国の青少年教養育成機関である「清水第八青年学級」を前身に、1947年から「第八総合スポーツ青年団」という名称で発足する。当時は男子メンバーが中心であったが、清水市内の入江小学校にあった女子サッカーチームに所属していた選手が1978年に第八中学校に進学にあわせて加入し女子部が誕生。のち女子チームが主体となっていった。 皇后杯全日本女子サッカー選手権大会(男子サッカーの天皇杯に相当)には1980年の第1回大会から参加。翌1981年の第2回大会から1987年の第8回大会まで7年連続して優勝。1988年の第9回大会でも準優勝を成し遂げ、日本女子代表を数多く輩出する黄金期を迎えた。 しかし1989年に誕生する日本女子サッカーリーグには不参加を決めたため、主力選手であった木岡二葉、半田悦子、山口小百合、山田千愛が同じ清水市を拠点とする清水FCレディースに移籍。また本田美登里は読売ベレーザに移籍した。 その後も静岡県の県リーグに参加して全日本女子サッカー選手権大会に東海地区代表としてほとんどの年に進出をし、また1992年からJLSLチャレンジリーグに参加してJLSL(→L・リーグ)入りの準備をしたが昇格ができずにいた。 やがて2001年にL・リーグ入りを果たし、一次リーグ(東地区)では最下位に終わるものの決勝リーグ(下位リーグ)で浦和レイナス、スペランツァF.C.高槻を下して2位となり総合で6位の成績を残した。しかしその後は主力選手の移籍、故障者の続出で苦戦が続き、二部制となった2004年から2部リーグ(当時のL2)に所属、2007年からは日本女子サッカーリーグ所属のチームを清水第八プレアデスと改名した。 2010年は2部リーグの機構改革により「プレナスチャレンジリーグ・イーストディビジョン」に参戦し、1部リーグなでしこリーグへの昇格権利が与えられる「なでしこリーグ準加盟」になった。イーストディビジョンの準加盟はAC長野パルセイロ・レディースと2チームだけであり、規定により5位以内ならなでしこリーグ入れ替え戦出場決定戦〔東西それぞれの地区の準加盟チームの中で成績上位2チームずつまでに出場権が与えられるが、その地区の準加盟が2チーム以下であっても最下位チームは規定によりなでしこリーグ入れ替え戦には出場できず、チャレンジリーグ入れ替え戦に回る〕 に参加できるところだったが、年間で2勝(11敗2分け)しか挙げられず最下位の6位で終わったため、なでしこリーグへの挑戦権は得られず、チャレンジリーグ入れ替え戦〔日本女子サッカーリーグに新規参入を希望する地方のクラブを対象に主催者が審査し、加盟相当と認められたチームを対象に行う「チャレンジリーグ入れ替え戦出場決定戦」の成績上位チームと、チャレンジリーグの東西それぞれの最下位チームによる対戦〕 にチャレンジリーグ残留をかけることとなった。しかし、そのチャレンジリーグ入れ替え戦でも吉備国際大学に2試合合計1-3(第1戦0-3、第2戦1-0)で敗れ、チャレンジリーグから東海リーグへの降格が決定した。これによりなでしこリーグ準加盟の資格も抹消された。 2011年のチャレンジリーグ入れ替え戦出場チーム決定戦でつくばFCレディースと1回戦で対戦するが、1-1の同点で迎えたPK戦で4-5で敗北し、復帰はならなかった。2012年のチャレンジリーグ入替戦予選大会で益城ルネサンス熊本FCに3-2で勝利し、3年ぶりにチャレンジリーグ復帰を果たした。 しかし2014年シーズンは僅か1勝しかあげられず最下位の16位となり、入替戦に回ったが、2年前と同じ対戦となった益城ルネサンス熊本FCに2試合合計で0-5で敗れ、3年ぶりに東海リーグへの降格が決まった〔2015年度から3部制が敷かれ、チャレンジリーグは3部相当に格下げとなった。そのため事実上は2部から2階級降格の形となる〕。 1年でのチャレンジリーグ復帰を目指した2015年の東海1部リーグでは、さらにチームが低迷し、1勝(1分け8敗 勝ち点4)しか挙げられず、チャレンジリーグ入れ替え戦出場も認められなかった〔平成27年度(第16回)東海女子サッカー1部リーグ星取表 〕うえ、東海2部リーグに降格となった 〔 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「清水第八プレアデス」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Shimizudaihachi Pleiades 」があります。 スポンサード リンク
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