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渋川義満 : ミニ英和和英辞書
渋川義満[しぶかわ よしみつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しぶ]
 (n) astringent (puckery) juice (of unripe persimmons)
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [ぎ]
 【名詞】 1. justice 2. righteousness 3. morality 4. honour 5. honor 

渋川義満 : ウィキペディア日本語版
渋川義満[しぶかわ よしみつ]

渋川 義満(しぶかわ よしみつ)は、戦国時代武将足利氏の傍流・渋川氏当主で、足利将軍家御一家にあたる。備後国小童山城主義満で、「義」の字は、足利将軍家よりその通字を授与されたものであり、「満」は祖先にあたる渋川満行満直父子が室町幕府3代将軍・足利義満より偏諱を賜った字をそ取ったものである。
== 生涯 ==
渋川義正の子として誕生。
渋川氏は足利氏の支流であるばかりでなく、室町幕府2代将軍足利義詮の正室・幸子(義満の養母)の生家でもあり、足利氏一門の中でも将軍家の家族として遇された名門である。また、母が安芸国の国人・毛利弘元の女にあたり、この縁から毛利家の保護下にあったが、家臣としての記録は無く、あくまで将軍家一門の名族・客将として家名を保った。1562年、備後守護毛利隆元となる。また、九州探題家渋川氏の末裔であることから、毛利家家中からは今探題と称されたという。
元亀4年(1573年)に死去し、名族としての渋川氏は義満の死を以って消滅したされる。
芸藩通志』には、子として新衛門なる人物が見え、帰農したとされるが真偽は不明である。息女は毛利輝元の仲介で旧守護・大内氏の庶家にて毛利家臣・冷泉元満冷泉隆豊次男)の正室となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「渋川義満」の詳細全文を読む




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