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渋沢栄二郎 : ミニ英和和英辞書
渋沢栄二郎[しぶさわ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しぶ]
 (n) astringent (puckery) juice (of unripe persimmons)
: [さわ]
 【名詞】 1. (1) swamp 2. marsh 3. (2) mountain stream 4. valley 5. dale 
: [さかえ, はえ]
 【名詞】 1. glory 2. prosperity
: [に]
  1. (num) two 

渋沢栄二郎 ( リダイレクト:渋沢栄一 ) : ウィキペディア日本語版
渋沢栄一[しぶさわ えいいち]

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日1840年3月16日) - 昭和6年(1931年11月11日)は、江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本武士幕臣)、官僚実業家第一国立銀行東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父といわれる。理化学研究所の創設者でもある。
正二位勲一等子爵雅号に青淵(せいえん)。
== 経歴 ==

=== 生い立ち ===

天保11年(1840年)2月13日、武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)に父・渋沢市郎右衛門元助、母・エイの長男として生まれた。幼名は栄二郎〔小貫修一郎 筆記、渋沢栄一 談、『渋沢栄一自叙伝』、渋沢翁頌徳会、1938年、生立ちのころ(1頁)。〕。のちに、栄一郎、篤太夫、篤太郎。渋沢成一郎は従兄。
渋沢家は藍玉の製造販売と養蚕を兼営し米、麦、野菜の生産も手がける豪農だった。原料の買い入れと販売を担うため、一般的な農家と異なり、常に算盤をはじく商業的な才覚が求められた。市三郎も父と共に信州や上州まで藍を売り歩き、藍葉を仕入れる作業も行った。14歳の時からは単身で藍葉の仕入れに出かけるようになり、この時の経験がヨーロッパ時代の経済システムを吸収しやすい素地を作り出し、後の現実的な合理主義思想につながったといわれる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「渋沢栄一」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Shibusawa Eiichi 」があります。




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