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本木 荘二郎(もとき そうじろう、1914年6月19日 - 1977年5月21日)は、日本の映画プロデューサー、映画監督、脚本家である〔''本木荘二郎''、日本映画データベース、2012年5月28日閲覧。〕。独立し、映画監督を兼ねるようになってからの筆名に岸本 恵一(きしもと けいいち)、高木 丈夫(たかぎ たけお)、藤本 潤三(ふじもと じゅんぞう)、藤本 潤二 (ふじもと じゅんじ)等がある〔。 == 来歴 == === 生い立ち === 1914年(大正3年)6月19日、東京府東京市芝区新橋(現在の東京都港区新橋)の洋装品関係の商家に生まれる〔藤川、p.5.〕〔鈴木、p.203〕。芝区立桜川小学校(旧制、のちの港区立桜川小学校、現在は合併して港区立御成門小学校)、東京府立第一中学校(旧制、現在の東京都立日比谷高等学校)、浦和高等学校 (旧制)の入試に失敗して〔藤川、p.21.〕早稲田第二高等学院(旧制、2年制・文科、現在の早稲田大学高等学院・中学部)、早稲田大学文学部仏文科(現在の同大学文学部文学科フランス語フランス文学コース)に学ぶ〔。学生時代には学生運動をした〔。 大学卒業後の1938年、日本放送協会にアナウンサーとして入局したが、学生運動仲間で大学の先輩だった山本薩夫から東宝映画(現在の東宝)が助監督を募集をしていることを教えられ、受験を勧められる〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「本木荘二郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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