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渡久雄[わたり ひさお] 渡 久雄(わたり ひさお、1885年(明治18年)10月7日 - 1939年(昭和14年)1月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。 ==経歴== 東京府出身。元老院議官となる渡正元の三男として生まれる。東京府立四中卒業を経て、1905年(明治38年)3月、陸軍士官学校(17期)を卒業、翌月、歩兵少尉に任官し近衛歩兵第3連隊付となる。近衛歩兵第4連隊付、参謀本部付勤務などを経て、1913年(大正2年)11月、陸軍大学校(25期)を優等で卒業した。 1915年(大正4年)5月、陸軍省軍務局付勤務となり、軍務局課員、イギリス駐在、アメリカ駐在、アメリカ大使館付武官補佐官、参謀本部員を歴任。1920年(大正9年)8月、歩兵少佐に昇進。1924年(大正13年)8月、歩兵中佐に進級。1925年(大正14年)8月、支那駐屯軍参謀に就任し、歩兵第38連隊付を経てアメリカ大使館付武官となり、1928年(昭和3年)8月、歩兵大佐に昇進。1930年(昭和5年)6月、参謀本部付となり、参謀本部課長時代には、リットン調査団の立会いに随行する。1932年(昭和7年)8月、歩兵第1連隊長を経て、1933年(昭和8年)8月、陸軍少将に進級し歩兵第6旅団長に就任。 1934年(昭和9年)8月、第9師団司令部付となり、第1師団司令部付、近衛師団司令部付、参謀本部第2部長を歴任。1937年(昭和12年)3月、陸軍中将に進んだ。同年7月、参謀本部付に転じ、留守第12師団長を経て、1938年(昭和13年)7月、第11師団長に親補された。同年12月に病に罹り、翌年1月、密山で死去した。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「渡久雄」の詳細全文を読む
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