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滝道駅(たきみちえき)は、かつて兵庫県神戸市に存在した阪神電気鉄道本線の駅である。「神戸駅」とも通称された。本項では神戸駅に隣接して設けられた神戸電気鉄道(→神戸市電)滝道電停についても記述する。 == 駅概要 == 阪神本線は1905年、大阪出入橋・神戸雲井通間で営業を開始した。その後大阪側では梅田への延伸を翌年に実施するが、神戸側でもさらなる乗客増を目指して延伸を図ることとなり、京町、海岸通、メリケン波止場、元町を経て三宮町に戻る循環線の建設を申請した。申請は神戸電気鉄道(後の神戸市電)をはじめ市内への参入を企図する複数の事業者と競合することとなり、結局阪神は雲井通改めた三宮から南へ200m、現在の国際会館がある場所へ線路を延伸し、神戸電気鉄道の滝道電停と接続を図る事になった。1910年2月には神戸電気鉄道と線路連絡設備契約を結び、翌年の1911年には共同で用地の買収を開始、それを受けて路線の延長の工事も着手された。こうして阪神は翌1912年に滝道への延伸を果たした。駅は3面2線の櫛形ホームで開業し、別称として当初は加納町駅と呼ばれていたが〔原口隆行 『日本の路面電車III 廃止路線・西日本編』 JTBキャンブックス、2000年、67ページ〕、後には神戸駅とよばれるようになった。なお、正式名称の滝道駅は、現在のフラワーロードが、名勝布引の滝の方向へまっすぐ伸びている道であることにより「滝道」と呼ばれていたことに由来する。 神戸電気鉄道の滝道電停は阪神に先駆けて1910年4月5日に開業。後の神戸市電阪神三宮電停より若干南にあった。その後1912年12月28日には滝道より北へ熊内一丁目へ路線を延伸し(布引線、後の神戸市電栄町線)、その際阪神線のホームに隣接して停留場を開設したため、駅は3面3線となった。 大正中期になると、阪神本線のみならず、神戸電気〔1913年(大正2年)5月1日に神戸電気鉄道が神戸電燈と合併したために社名が変更されている〕滝道電停にも鉄骨屋根がかけられた。これにより雨天時でも、市電と阪神線の間を傘なしで乗り継げるようになった。また電飾も施され、夜には「大阪行 のりば 阪神電車」の表示が輝いた。 1933年、当時市内を通過する鉄道は地下化するという方針を取っていた神戸市の要求を受け入れる形で、阪神は国道の拡幅に際して岩屋以西に残っていた本線の併用軌道を地下化で解消することになった。それに伴い同線の神戸側ターミナル駅は地下に設けられた2代目の神戸駅(現在の神戸三宮駅)へ移行することになり、この滝道駅は使命を終えた。 滝道電停は阪神の駅廃止後も存続し、神戸電気が神戸市に買収されると神戸市電の電停となった。1933年1月1日には当電停から税関前まで臨港線(のちの税関線)が開業、滝道電停からは四方向に線路が延びることになった。しかし、阪神線との連絡を果たさなくなったことに加えて、市電東部国道線が開通し、滝道駅を起点とし東部国道線に平行している市電磯上線が休止されたことで存在意義が薄れ、磯上線の正式廃止と前後して電停としては廃止となっている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「滝道駅」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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