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潮風の診療所〜岬のドクター奮戦記〜(しおかぜのしんりょうじょ・みさきのドクターふんせんき)は、2007年6月22日に、フジテレビの「金曜プレステージ」枠にて放映されたテレビドラマ。 北海道浜中町霧多布村にて、半世紀近く地域医療に奮闘した医師・道下俊一の半生を描いている。 == あらすじ == 時は平成。医師・道下俊一は札幌の病院で大動脈瘤の手術を受け、妻・敏子の看病を受けながら入院生活を送っていた。ある日、二人のもとに1通の手紙が届く。それは、俊一が40年以上もの間、医師として過ごした霧多布村の建設会社社長・北村からのものだった。医者を引退し、札幌に留まろうと考えていた俊一だったが、この手紙がきっかけで引退を断念、敏子とともに再び霧多布村に戻った。 札幌から戻った道下夫妻を出迎えてくれたのは、浜中町役場の職員・塩崎昌之だった。昌之の母・明子は俊一が救った患者のひとりで、俊一に医師としてやっていく自信と勇気を与えてくれた。俊一は霧多布村に派遣されてからの40数年を振り返る……。 昭和27年3月4日、霧多布村は十勝沖地震にともなう津波で深刻な被害を受けていた。その復興のため、霧多布村は北海道大学に医師の派遣を要請した。白羽の矢が立ったのは、医局で研究に従事していた俊一だった。俊一は教授に説得され、1年間の期限で霧多布村の釧路赤十字病院浜中診療所に赴任する。俊一は当時26歳、敏子とはまだ結婚したばかりだった。最初はよそ者の俊一と敏子に冷たかった霧多布の人々だったが、窮地を救っていくうちに徐々に受け入れられ、村にはなくてはならない存在になっていく。 2度の外科手術、赤痢の蔓延、任期満了の時が近づくたびに引止めに来る霧多布の人々、赤十字の撤退と町立病院への移行、昭和35年のチリ地震がもたらした悲劇……様々な出来事のなかで、俊一は霧多布を『ふるさと』と考えるようになっていく。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「潮風の診療所〜岬のドクター奮戦記〜」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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