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澤田賢志(さわだけんじ、1960年8月21日 - )は日本の写真家。F1などのモータースポーツの取材を中心に活動するフリーカメラマン。愛称は「けんさわ」。 現地取材と並行して、ジャーナリストとしても活発に情報提供を行っている。主に『F1速報』誌に写真を提供する傍ら、人気コラム「サーキット便り。」を展開していたほか、F1速報公式サイトで「けんさわの、なまらF1記」を連載した。 == プロフィール == === 略歴 === * 1972年 - 札幌オリンピック開会式に、風船を持って式を盛り上げるミニスケーターの1人として参加。 * 1987年 - 当時勤めていた会社でキャラクターショー出演や企画プロデューサー、ディレクターなどを行う傍らで、F1日本GPを観戦。木曜フリー走行でモータースポーツ初撮影を行う。 * 1988年 - F1観戦のために会社を辞め渡米。ロサンゼルスに拠点を置き、ブラジルGP、メキシコGP、カナダGP、アメリカGP(デトロイト)を訪問する。その時に知人に借りていたEOSでF1を撮影する。鈴鹿の日本GPでも上記同様の撮影をもくろみ、紹介された桜井淑敏(元ホンダF1総監督)などの協力もあり、撮影のための入場に成功する。オフシーズンに『Racing On』誌の依頼でF1オフシーズンテスト取材に赴く。 * 1989年 - 『Racing On』と契約しF1取材を開始する。初年度はサンマリノGP、ハンガリーGP、イギリスGP、フランスGPなど数戦の取材に留まる。 * 1990年 - 『F1速報』誌の創刊に伴いF1全戦取材を開始。イギリスのロンドン郊外クロイドンに居を構える。 * 1993年 - イギリスの他、フランス高地のティーニュ(標高2,400メートル)に住み、3,600メートルの氷河で夏のスキートレーニングを積みながらF1取材を行う。この頃はロンドン、ケンブリッジ、ティーニュ、東京(明治大学前)の4ヶ所に活動拠点と住居を置いていた。 * 1994年 - 日本に帰国し、北海道札幌市を拠点とする。本人のコラムによるとF1カメラマンの間では「世界一遠くから取材に来ている」とされている。 * 1997年 - インターネットで個人サイトを開設。 * 1998年 - サイトのアクセス数向上策として「サーキット便り。」を開始し、第2回で「マクラーレンのデビッド・クルサード車コックピット盗撮事件」が起こる。ブラジルGPの取材中、当時まだ珍しかったデジタルカメラで、マシントラブルによってコース脇に停車していたマクラーレン・MP4-13のコックピット内部を撮影。その様子がサーキットモニターで映されていたため盗撮が判明し、世界各国のカメラマンから画像の提供を申し出られただけではなく、マクラーレンの総帥ロン・デニスから画像使用の是非を問われた。当時はマクラーレンのコックピットが「今までにないペダルレイアウト(クラッチのない2ペダル仕様)」であると噂されていたため、このような騒動となった。しかし世界に配信したことでその後の活動の方向性が決まったとも言える。 * 2000年 - 札幌に自身の主宰するカートショップ兼レーシングチーム「O&K」を設立。 * 2005年 - 「サーキット便り。」が『F1速報』公式サイトのコンテンツとなる。 * 2008年 - この年のイギリスGPでF1の取材活動を休止。 * 2010年 - F1速報サイトのコラム『けんさわの、なまらF1記』が『F1カメラマン けんさわ裏F1記』として単行本化される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「澤田賢志」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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