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熊朝忠 : ミニ英和和英辞書
熊朝忠[ゆう ちょうちゅう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [くま]
 【名詞】 1. bear (animal) 
: [あさ, ちょう]
 (n-adv,n-t) morning

熊朝忠 : ウィキペディア日本語版
熊朝忠[ゆう ちょうちゅう]

熊 朝忠(ユウ・チョウチュウ、、1982年10月3日 - )は、中華人民共和国プロボクサー雲南省文山州出身。第14代WBC世界ミニマム級王者。第18代OPBF東洋太平洋ミニマム級王者。中国の男子プロボクサー初の世界王者。タフさを持ち、ダウンしても回復が早い選手。
== 来歴 ==
雲南省文山州出身でミャオ族の農家にて3人兄弟の次男として生まれた。
2006年8月15日、昆明のエキスポガーデンホテルでデビュー戦を行い、4回判定で引き分けた。
2008年3月21日、瀘州市ナムチャイ・タクシンイサーンABCOコンチネンタルフライ級王座決定戦を行い、初回KO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2008年11月6日、成都の四川体育館でジュリウス・アルコスと対戦し、プロ初黒星となる12回0-3(114-116、115-118、110-117)の判定負けを喫しABCOコンチネンタル王座初防衛に失敗、王座から陥落した。
2009年5月26日、東京ディファ有明にてWBC世界フライ級王者内藤大助に挑戦。試合は6回に内藤からダウンを奪うなど健闘したものの、12回0-3(110-114、111-114、111-113)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。当初、この試合は上海で予定されていたが、直前になって東京のディファ有明に変更となった。
2009年7月7日、後楽園ホール粉川拓也と52.2kg契約10回戦を行い、10回0-3(93-99、93-98、94-96)の判定負けを喫し再起に失敗した〔粉川、熊を判定に破る ボクシングニュース「Box-on!」 2009年7月7日〕。
2010年1月24日、昆明のエキスポガーデンホテルでヒーロー・パタナカーンジムとABCOコンチネンタルライトフライ級王座決定戦を行い、3回KO勝ちを収めABCOコンチネンタル王座の2階級制覇に成功した。
2010年7月9日、昆明のエキスポガーデンホテルで佐藤靖明(西遠)と対戦し、10回3-0(98-94、98-93、96-94)の判定勝ちを収めABCOコンチネンタル王座初防衛に成功した。
2010年12月18日、昆明の昆明体育館でポンパン・パタナカーンジム(タイ)とIBFパンパシフィックライトフライ級王座決定戦並びにABCOライトフライ級暫定王座決定戦を行い、4回23秒KO勝ちを収めIBFパンパシフィック王座とABCO暫定王座獲得に成功した。
2011年11月19日、昆明のエキスポガーデンホテルでWBCチャイナゾーンライトフライ級王座決定戦を飯田大介(三津山)と行い、12回3-0(119-107、118-109、119-108))の判定勝ちを収めを王座を獲得した〔新浪新聞 2011年11月20日 〕。
2012年4月22日、富山県立山町の立山町民会館で小野心(ワタナベ)とライトフライ級契約8回戦を行い、8回0-3(75-77、2者が76-77)の判定負けを喫した。
2012年6月16日、昆明の昆明体育館でオズワルド・ラソン(メキシコ)とWBC世界ライトフライ級シルバー王座決定戦を行い、12回3-0(2者が115-112、114-113)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2012年11月25日、昆明の昆明体育館で井岡一翔の王座返上に伴いWBC世界ミニマム級5位のハビエル・マルチネス(メキシコ)とWBC世界ミニマム級王座決定戦を行い、12回3-0(116-114、116-112、119-110)の判定勝ちを収め、中国人男子選手として初の世界王座獲得に成功した〔中国に初の世界王者 内藤と戦った熊が殊勲 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年11月24日〕。
熊朝忠に中国でのボクシング人気構築を期待するWBC会長ホセ・スライマンは熊と強豪デンバー・クエリョとの対戦を回避させる為、クエリョに対戦待機料として25,000ドルを支払っている。
2013年6月28日、ドバイドバイワールドトレードセンターでWBC世界ミニマム級1位でWBC世界同級シルバー王者のデンバー・クエリョと対戦し、初回にダウンを奪われるがその後クエリョが右肩を負傷したことで持ち直し、12回2-0(113-113、115-112、113-110)の判定勝ちを収め初防衛に成功した〔 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年6月29日〕。その後、現地のプロモーターがクエリョのファイトマネー2万4千ドルを含む、熊のファイトマネー、航空運賃、会場費、ジャッジへのギャラなどを未払いであることが発覚した。
2013年11月30日、馬関県にて当初はWBC世界ミニマム級7位のオマリ・キンウェリと対戦する予定だったが、試合直前に入国審査が通らなかったため代理挑戦者のルーラック・キャットマンミーと対戦し、5回1分59秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月1日〕。
2014年2月5日、海口市の海口体育館でWBC世界ミニマム級2位のオズワルト・ノボアと対戦したが、試合は開始からノボアのペースになり、2回には右ロングフックをもらって終了間際はレフェリーストップ寸前まで追い詰められた。3回には連打からダウンを奪われると4回に連打を浴びた所でレフェリーストップ。5回2分36秒キャリア初のKO負けを喫し3度目の防衛に失敗、王座から陥落した〔熊が王座陥落、WBCミニマム級 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月6日〕。
2014年10月10日、WBAは最新ランキングを発表し、熊はWBA世界ミニマム級11位にランクインした〔World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年10月10日〕。
2014年10月25日、モナコモンテカルロのサル・デゼトワールでWBA・IBO世界ミニマム級王者ヘッキー・ブドラーと対戦し、2回にダウンを奪ってブドラーがあわやカウントアウト寸前になるも3回に左フックでダウンを奪い返されその後は一進一退の攻防が続き12回0-3(2者が112-114、108-118)の判定負けを喫しWBCに続く王座返り咲きに失敗した〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月26日〕。
2015年2月22日、文山市で日本ミニマム級5位の山本浩也(全日本パブリック)とWBCインターナショナルミニマム級王座決定戦で対戦し、10回3-0(97-93、98-92、98-94)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した〔渡邉と江藤伸IBFアジア戦、山本浩は元世界王者と Boxing News(ボクシングニュース) 2015年1月21日〕。
2015年9月18日、寧波市の雅戈尓体育館でOPBF東洋太平洋ミニマム級王座決定戦と保有するタイトルを賭けてクリソン・オマヤオと対戦し、10回3-0(99-91、98-92、97-93)の判定勝ちを収めWBCインターナショナル王座の初防衛に成功、OPBF王座の獲得にも成功した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「熊朝忠」の詳細全文を読む




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