翻訳と辞書
Words near each other
・ 熊牛原野
・ 熊牛御影線
・ 熊牛村
・ 熊牛駅
・ 熊牧場
・ 熊犬
・ 熊狩り
・ 熊猫
・ 熊猫 xiongmao
・ 熊猫xiongmao
熊王徳平
・ 熊球クラブ
・ 熊田カップリング
・ 熊田プウ助
・ 熊田・コリューカップリング
・ 熊田・玉尾カップリング
・ 熊田・玉尾・コリューカップリング
・ 熊田・玉尾反応
・ 熊田一雄
・ 熊田五郎


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

熊王徳平 : ミニ英和和英辞書
熊王徳平[くまおう とくへい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [くま]
 【名詞】 1. bear (animal) 
: [おう]
  1. (n,n-suf) (1) king 2. ruler 3. sovereign 4. monarch 5. (2) king (for senior player) (shogi) 
: [たいら, ひら]
 【名詞】 1. the broad 2. the flat 3. palm

熊王徳平 : ウィキペディア日本語版
熊王徳平[くまおう とくへい]
熊王 徳平(くまおう とくへい、1906年明治39年)6月15日 - 1991年(平成3年)8月1日)は、日本作家農民文学者)・歌人ペンネームに「五十嵐竜吉」を用いた〔『特設展 山梨の農民文学』〕。
== 略歴 ==
山梨県南巨摩郡増穂町(現・富士川町)に生まれる〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.39〕。生家は理髪店〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕。増穂小学校を卒業すると、稼業の理髪店を継ぐ一方で、行商も行う〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.39〕。
徳平は農民運動に携わり、共産党員としても活動した〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.39〕。1930年(昭和5年)4月には全国農民組合山梨県連合会に参加し、1931年(昭和6年)9月には日本プロレタリア作家同盟山梨支部を結成する〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.39〕。
作家としては、徳平の自筆年譜によれば1931年(昭和6年)に『山梨日日新聞』「日曜文芸」に初の短編「初奉公」を投稿し、中村星湖の選で掲載されたという〔堀内(2008)、pp.39 - 40〕。1940年(昭和15年)4月10日には山内一史石原文雄らと同人誌『中部文学』を創刊し、創刊号に発表した「いろは歌留多」が『文芸』推薦の候補となる〔堀内(2008)、p.40〕。「いろは歌留多」は同年9月の第11回芥川賞候補となる〔堀内(2008)、p.40〕。この年の芥川賞候補には徳平と親戚関係にある農民文学者・山田多賀市の「耕土」も候補となるが、該当者無しとなる〔堀内(2008)、p.40〕。徳平は芥川賞候補となったことで『文芸』推薦の一人である宇野浩二に師事する〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕。
1948年(昭和23年)1月には小谷剛により名古屋で『作家』が創刊され、徳平のほかにも山梨県ゆかりの農民文学者・評論家である相田隆太郎中村鬼十郎が作品を発表する〔堀内(2008)、p.40〕。徳平は創刊号に「甲府盆地」を発表している〔堀内(2008)、p.40〕。徳平は『作家』『文藝春秋』に増穂町町会議員選挙を題材に農民ルポターシュとして「山峡町議選誌」を連載し、1956年(昭和31年)下半期の直木賞候補となる〔堀内(2008)、p.40〕。1977年(昭和52年)には初の短編小説集『甲府盆地』を刊行した〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.40〕。生地である山梨県の風土に根ざした作品を多く手掛ける。
生地の富士川町大久保の戸川渓谷には『甲府盆地』所収の短編「米と繭」の一節が刻まれた文学碑が建設されている〔『特設展 山梨の農民文学』、p.10〕〔堀内(2008)、p.40〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「熊王徳平」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.