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玉光街礼拝堂(ぎょっこうがいれいはいどう、英文名称:Yuguang Street Church)は中国の大連市にあるキリスト教プロテスタントの教会で、以前は大連聖公会(英文名称:Dalian Anglican Church)と呼ばれていた由緒ある教会で、建物は大連市重点保護建物に指定されている。 ==簡単な歴史== * 日本は1905年から1945年まで、現在の大連広域市の南半分を租借していたが、日英同盟の関係で大連市の一等地である大広場(現在の中山広場)に英国領事館があり(現在の大連金融大廈のある位置)、その敷地内に聖公会教会が置かれて、第一代の教会堂は黒レンガの建物であった。 * 二代目の赤レンガの教会堂は1928年、イングランド国教会と日本聖公会の共同で建設され、日曜礼拝は朝9:00から英語で、10:30から日本語でというように行なわれた。この教会は中華聖公会の華北教区に所属(監督=主教は北京住在)していた。 * 世界第二次大戦後、日本の建物はすべて中国に接収され、宗教関係の建物は他の目的に使用されるようになったが、大連聖公会は半分戦勝国・英国の持ち物であったため、教会堂として残されて、中華人民共和国の設立後も、玉光街礼拝堂と改名されて残された。 * 1966年~1977年の文化大革命時期には宗教の迫害が行なわれて、教会堂としての機能はせず、窓のステンドグラスなども壊され、子供たちの学習場となった。 * 1980年代初頭から礼拝が再開され、超教派の(post-denominational)中国基督教協会の教会として、大連市でももっとも人気がある教会である。 * 2001年に大連市重点保護建築に指定された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「玉光街礼拝堂」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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