|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 琴 : [きん, こと] 【名詞】 1. koto (Japanese plucked stringed instrument) ・ 平 : [たいら, ひら] 【名詞】 1. the broad 2. the flat 3. palm ・ 急 : [きゅう] 1. (adj-na,n) (1) urgent 2. sudden 3. (2) steep ・ 急行 : [きゅうこう] 1. (n,vs) express (e.g., train that bypasses many stations) ・ 行 : [くだり, ぎょう] 【名詞】 1. (1) line 2. row 3. (2) verse ・ 電鉄 : [でんてつ] 【名詞】 1. electric railway ・ 鉄 : [てつ] 【名詞】 1. iron
琴平急行電鉄線(ことひらきゅうこうでんてつせん)は、1948年(昭和23年)に琴平参宮電鉄(琴参)に吸収合併された琴平急行電鉄(琴急)が、1930年(昭和5年)から1944年(昭和19年)にかけて運営していた鉄道路線である。 == 概要 == 本路線は金刀比羅宮への参詣路線としては最後に開業した路線であった。起点である坂出は、当時隣の丸亀と並んで本州と四国をつなぐ重要な港町であったことから、そこから古くより参拝者が多く訪れる金刀比羅宮への参宮路線の敷設は、多くの需要が見込めると考えられたのは当然のことであった。 しかし、同区間を結ぶ鉄道路線としては、既に琴平参宮電鉄(路面電車)の坂出線・琴平線(1963年(昭和38年)に廃止)が存在していた。さらには鉄道省(後の国鉄)予讃本線支線(現・四国旅客鉄道(JR四国)土讃線)や琴平電鉄(現・高松琴平電気鉄道琴平線)が、この地域の中核都市であり宇高連絡船の発着する高松市から琴平まで路線を先に延ばしていた。そのため、本路線を含め計4社の路線が琴平への輸送を争うような事態になり、さらに香川県の各地から琴平へはバスも多く運行されていたことから、当時の人口からしても明らかな過当競争路線であった。その上沿線は人口希薄地帯であり、営業は不振が続いた。 また当時、大阪・神戸から瀬戸内海地方へ向かう大阪商船など、関西と四国を結ぶ重要な交通手段であった航路は坂出ではなく高松・多度津に寄港しており、それらの地域から列車・電車を出している鉄道省土讃線・琴平電鉄・琴平参宮電鉄(多度津線)に対抗し得なかったことも、本路線の苦戦につながった。 なお社名の「急行」は、路面電車の琴平参宮電鉄や汽車の土讃線に比べて速いという意味であり、実際には全列車が各駅停車だった。 営業成績そのものは1940年(昭和15年)を境に改善の兆しを見せ、1942年(昭和17年)には単年度収支で黒字を計上するまでになった。しかし、前述のように本路線は土讃線や琴平参宮電鉄線との完全な並行路線であったことから、太平洋戦争激化に伴い1944年(昭和19年)1月に不要不急路線に指定され、各種設備を供出し営業を休止した。琴参合併後も路線免許は保持されていたが、1954年(昭和29年)9月に廃止申請がなされ、名実ともに廃止となった。なおバス事業を兼営していた〔1934年時点『全国乗合自動車総覧』 (国立国会図書館デジタルコレクション)〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「琴平急行電鉄線」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|