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田中 藤次郎(たなか とうじろう、元治元年2月12日〔『新選代議士列伝』P.193〕(1864年3月19日) - 明治43年(1910年)5月16日〔『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』360頁。〕〔衆議院事務局『第一回乃至第二十回総選挙 衆議院議員略歴』(1940年)255頁では「明治四十一年」。〕)は、衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。 == 経歴 == 陸奥国津軽郡樽沢村(現在の青森市)出身。青森県師範学校を卒業し、小学校の訓導を務めた〔『新撰衆議院議員列伝』P.140〕。その後、訓導を辞して上京し、1886年(明治19年)に明治法律学校(現在の明治大学)に入学〔。1888年(明治21年)に卒業し、代言人の資格を得て、青森に弁護士事務所を開いた〔。 1895年(明治28年)、青森県会議員に当選。さらに県参事会員や青森市会議員も歴任した。1901年(明治34年)には青森商業会議所特別会員に選出された〔。 1902年(明治35年)、第7回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。3回連続当選を果たした。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「田中藤次郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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