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田北 雄気(たきた ゆうき、1967年5月16日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。埼玉県浦和市(現 さいたま市浦和区)出身。 選手時代はゴールキーパーを務め、Jリーグの浦和レッドダイヤモンズで活躍した。2000年シーズン終了後に現役を引退。その後フットサル日本代表〔 日本サッカー協会 (2001年7月4日)〕 などを経て、2002年からは横浜FCのゴールキーパーコーチを務める。 ==来歴・人物== 1995年までは当時浦和の正GKだった土田尚史の控えに甘んじていたが、1996年シーズンは土田の故障により全試合に出場、リーグ戦30試合にフルタイム出場して、1枚も警告を受けず、またチームのリーグ最小失点に貢献した。1997年以降は土田と正GKのポジションを争い続けた。 1996年11月9日の横浜フリューゲルス戦では味方が得たペナルティーキックでキッカーを務めゴールを記録、これはJリーグ史上初のGKによる得点である。その後もPK戦では5番目以内の順番で蹴ることもあった。なお田北が横浜FCで指導したGK菅野孝憲(現 柏レイソル)が、2004年の公式戦で自陣の左サイド後方から蹴った88メートルのフリーキックがそのまま相手ゴールに入り、Jリーグ史上3人目のGKによる得点となった(2人目は当時京都パープルサンガ所属の松永成立)。 試合開始前に浦和サポーターによって出場選手個々に向けて行われる応援コールの際、最後に田北に向けて歌われるコール「ゆーきー・ゆーきー・たーきた・ゆーきー♪」は名物となった(原曲は栄養ドリンク・リゲインの当時のCMソング「勇気のしるし」のサビ部分)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「田北雄気」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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