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畑 英次郎(はた えいじろう、1928年(昭和3年)9月10日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(7期)。細川内閣の農林水産大臣、羽田内閣の通商産業大臣を歴任した。大分県日田市出身。甥に作家の畑正憲がいる〔『サンケイ日本紳士年鑑 第18版』(サンケイ新聞データシステム) より〕。 ==来歴・人物== 1946年(昭和21年)武蔵工業専門学校(現東京都市大学)を中退し、地元の日田市役所に就職。その後地元選出の衆議院議員広瀬正雄(広瀬勝貞・広瀬道貞兄弟の父)の秘書となる。1968年(昭和43年)日田市長選挙に立候補し当選。当選回数3回。 1979年(昭和54年)第35回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧大分1区から立候補し当選(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田あきら・宮下創平・亀井善之・船田元など)。自民党では田中角栄派→竹下登派(経世会)に所属。族議員としては逓信族、郵政族で、郵政政務次官、厚生政務次官、衆議院逓信委員長を歴任。 1992年(平成4年)竹下派の分裂では先輩の小沢一郎、羽田孜を支持し羽田派に参加する。1993年(平成5年)宮沢内閣不信任案に賛成投票をし自民党を離党、新生党に参加。第40回衆議院議員総選挙後に成立した細川内閣で農水相に就任し、コメの自由化など懸案に当たった。食料自給問題を巡って参議院で問責決議が採決された。自民党結党後で初の非自民閣僚への問責決議採決であった。1994年(平成6年)4月に羽田内閣が成立すると、通産相に就任した。同年12月に新進党に参加する。新進党結党後から反小沢の姿勢を鮮明にし、1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙では大分3区より出馬し当選。同年末に新進党を離党し太陽党に参加、党幹事長に就任。1998年(平成10年)民政党に加わり、同年4月民主党に合流した。民主党では副代表を務める。2000年(平成12年)第42回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界を引退。 同年勲一等瑞宝章を受章。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「畑英次郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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