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畠山持永 : ミニ英和和英辞書
畠山持永[はたけやま もちなが]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はたけ]
 【名詞】 1. plowed (cultivated) field (ploughed) 2. kitchen garden 3. plantation
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 

畠山持永 : ウィキペディア日本語版
畠山持永[はたけやま もちなが]
畠山 持永(はたけやま もちなが、生年不詳 - 嘉吉元年閏9月5日1441年10月28日)?)は、室町時代守護大名河内紀伊越中守護。官位左馬助
畠山満家の次男として生まれる。生誕年は不明だが、兄・持国、弟・持富と同様、室町幕府第4代将軍足利義持偏諱(「持」の字)を賜っていることから、義持の在職中に元服は済ませている筈である。
嘉吉元年(1441年)1月29日、兄持国が第6代将軍足利義教(義持の弟)の怒りに触れて家督を更迭されると、家臣の遊佐氏斎藤氏らに擁立されて当主となった。しかし、6月24日に義教が赤松満祐暗殺嘉吉の乱)されると持国が赦免され、持永は7月4日京都から出奔、越中に逃れたが、持国方に打ち破られた。この時持永は討たれたとも、閏9月5日に摂津で身を隠していた所を発見、殺されたとも言われる。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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