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盲僧琵琶(もうそうびわ)とは、 *盲人の琵琶法師。 *上記による楽曲(声楽の琵琶楽)。語りもの音楽、また宗教音楽に属する〔声楽の琵琶楽である盲僧琵琶に対し、中国から奈良時代および平安時代にもたらされた器楽の琵琶楽が雅楽である。盲僧琵琶が宗教音楽であるのに対し、雅楽は芸術音楽として発展した。吉川(1990)p.45〕。 *上記の語りの伴奏のために用いる琵琶〔盲僧琵琶の用いる、楽器としての琵琶には、一定の制がなく、色々なかたちがみられるが、楽琵琶の系統とは異なっており、近世中国の琵琶に似ているものが多い。細身のものが多く、特に細いものをササの葉に見立てて「笹琵琶」と呼んでいる。〕。(→ ''琵琶#盲僧琵琶'' 参照) ---- == 概要 == 起源は、アジア大陸から古代の日本列島に渡来した盲人の琵琶法師であるといわれる〔吉川(1990)p.42〕。奈良時代に端を発し、盲僧(盲人僧侶)の組織が古い段階でかたちづくられた。盲僧琵琶は宗教音楽としてはじまり、盲僧は古くから琵琶の伴奏で経文を唱えていた。宗教を離れた娯楽的な語りもの音楽もあり、それは「くずれ」と称される。 後世、盲僧琵琶は、九州地方の薩摩国(鹿児島県)や筑前国(福岡県)を中心に伝えられたが、吉川英史は、輸入地であった筑前から中央に進出して京都にも盲僧組織があったのではないかと推定している。室町時代中期に薩摩盲僧から薩摩琵琶という武士の教養のための音楽がつくられ、しだいに語りもの的な形式を整えて内容を発展させてきた。芸術音楽としては薩摩琵琶が筑前琵琶よりも古いと考えられるが、宗教音楽としては、筑前盲僧琵琶が薩摩盲僧琵琶に先行する〔吉川(1990)pp.46-47〕。 晴眼者の琵琶楽となった薩摩琵琶と、近世以降の三味線音楽の影響のもと明治20年代に筑前盲僧琵琶から筑前琵琶が派生した。筑前琵琶は、筑前盲僧琵琶から宗教性を脱していったもので、明治時代中期に女性を主たる対象とする家庭音楽として確立された〔吉川(1990)pp.42-43〕。さらに、肥後琵琶については近年まで紹介がなされておらず、詳細は不明ながら、盲僧琵琶の一支流と考えられる〔。 京都を主たる活動の場としていた盲僧琵琶の影響の下、楽琵琶を導入し、また、声明音楽のなかの「講式」を採用して、いわば盲僧琵琶と雅楽琵琶を総合したのが、『平家物語』による音楽、すなわち「平曲」である〔吉川(1990)p.47〕。盲僧たちはそれぞれ地域に応じた組織を持ち、室町時代から江戸時代にかけては、平曲の盲人演奏家の組織である当道座とは対立したといわれる〔当道は室町幕府の保護と援助を受けた組織であった。吉川(1990)p.47〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「盲僧琵琶」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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