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直江津銀行(なおえつぎんこう)は、かつて存在した日本の銀行である。 == 概要 == 新潟県下の貯蓄銀行としては最も早い1893年(明治26年)に設立された直江津積塵銀行〔明治28.6.14設立、第四銀行百年史 http://koueki.net/bank/details.php?bcode=3922 〕は、1900年(明治33年)に普通銀行に組織変更すると同時に、名称を直江津銀行と改称した。直江津銀行は本店を直江津町の当時の目抜通りであった新町通りに置き、稲田支店(新道村)と高田支店(高田町)を設けた。しかし、日露戦争後の全国的な不況と中小銀行の経営不安を背景に、1913年(大正2年)に取り付け騒ぎが起こり、1915年(大正4年)に会社解散〔 営業満期解散 銀總23回:大正4.6.15満期解散、大正4.6.21解散登記、第四銀行百年史:大正4.6.14解散、北越銀行「創業百年史」:大正4.6.14解散 http://koueki.net/bank/details.php?bcode=3920〕 となった。 銀行経営破綻後、旧直江津銀行本店の土地建物は1917年(大正6年)に高橋回漕店店主の高橋達太によって買い取られたが、建物は1918年(大正7年)前後に海岸通りと呼ばれた現在地まで約400mの曳き家により移築したとされる。高橋回漕店は大正初期より、保倉川河口沿岸に倉庫・現場事務所や鉄道引込線を整備し、石炭の荷揚・貯炭を行った会社であるが、1942年(昭和17年)には戦時統制により実質的に解体された。 戦後は、この建物は小規模な船舶代理店業を行う合資会社高橋回漕店の事務所として利用されるに留まり、建物内部の経年利用による改修や損耗が少なく、明治期地方銀行建築の当初の姿を残しているとされる。合資会社高橋回漕店が2001年(平成13年)に清算された後も関係会社事務所として利用されていたが、この土地建物が2009年(平成21年)に旧直江津銀行本店建物保存を目的に、上越市に寄贈された。上越市では、2011年(平成23年)より旧直江津銀行活用検討委員会を開き、保存活用を検討している〔上越市の直江津の土蔵造建物(上越市) 〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「直江津銀行」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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