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矢板城(やいたじょう)は、栃木県矢板市大字矢板にある平安末期に矢板重郎盛兼によって築かれた日本の城(平城)。天正18年(1590年)、あるいは、正保元年(1644年)9月19日廃城。矢板館とも呼ばれる。 == 概要 == 源姓塩谷氏の重臣矢板重郎盛兼によって城は築かれ、その後、代々矢板氏の居館になったものと思われるが、その歴史は、ほとんど伝承が無く定かではない。但し、『川崎城跡・御前原城跡発掘調査報告書〔栃木県矢板市教育委員会 2002年3月発行〕』によれば、堀江塩谷氏の3代目にあたる塩谷惟頼が居城したという伝承もある。 塩谷氏の居城である川崎城の北の守りの支城として機能しており、平城ではあるが、やや高台に城が築かれていた。南側の一段低い土地に広がる湿地帯と、城の東を流れる人工の用水路である富田堀を天然の要害とし、北に土塁を築いて防御を固めた城で、当地には権現山と呼ばれる古墳もあり、そこは物見台として使用されていた。矢板城の廃城後、当地は「たたり山」と呼ばれ、城の土塁などがそのまま残されていたが、明治時代に入り、学校の建設など開発によって遺構が徐々に破壊され、土塁の土も矢板駅の建設や近くの窪地の埋め立てに使われて破壊され、現在は、その遺構のほとんどを失っている。ただ、当地は今も高台になっており、それが城の面影を残している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「矢板城」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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