翻訳と辞書
Words near each other
・ 矢野口文雄
・ 矢野口駅
・ 矢野号
・ 矢野吉彦
・ 矢野和哉
・ 矢野哲也
・ 矢野哲朗
・ 矢野啓太
・ 矢野喬子
・ 矢野四年生
矢野国村
・ 矢野圭吾
・ 矢野城
・ 矢野城 (阿波国)
・ 矢野大和
・ 矢野大輔
・ 矢野大輔 (照明デザイナー)
・ 矢野太一
・ 矢野奨吾
・ 矢野妃菜喜


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

矢野国村 : ミニ英和和英辞書
矢野国村[やの くにむら]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [や]
 【名詞】 1. arrow 
: [の]
 【名詞】 1. field 
: [くに]
 【名詞】 1. country 
: [むら]
 【名詞】 1. village 

矢野国村 : ウィキペディア日本語版
矢野国村[やの くにむら]

矢野 国村(やの くにむら、生年不詳 - 天正7年(1579年12月27日)は、戦国時代阿波国武将。駿河守。矢野城主。三好家家臣。子に虎村
== 生涯 ==
矢野国村は、阿波において三好実休に仕え、永禄5年(1562年)3月の久米田の戦いで実休が戦死すると実休の子・三好長治に仕えた。元亀2年(1571年)、三好長治とその重臣篠原長房の命により寒川元隣が治める讃岐国大内郡のうち4郷が三好家に割譲されると、そのうち引田城に矢野国村が、虎丸城には安富盛定が入城した。
天正5年(1577年)3月、阿波勝瑞城の三好長治が阿波守護細川真之伊沢頼俊小笠原成助に討たれると阿波に戻り、篠原自遁と共に伊沢頼俊を謀殺して勝瑞城を奪還し、細川真之・小笠原成助と対峙した〔『南海通記』11巻〕。天正6年(1578年)1月、矢野国村は勝瑞城に十河存保を迎え入れ三好家当主に仰いだ〔『南海通記』13巻〕。
天正7年(1579年)12月、三好康長の嫡男岩倉城三好康俊脇城武田信顕が、土佐の長宗我部元親に通じた。三好康俊は三好家の武将に土佐へ攻め入るため軍勢を率いて参陣するよう要請した。これに、三好越後守、森飛騨守、河村左馬亮と共に矢野国村もこれに応じたが、脇城外で三好康俊と武田信顕の兵から銃撃を浴びせられ死亡した〔『南海通記』14巻〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「矢野国村」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.