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『知覚の扉』(ちかくのとびら 原題:The doors of perception)は、オルダス・ハクスレーの著書。1954年発行。邦訳版は朝日出版社より河村錠一郎の訳で1978年刊行。後に平凡社から文庫化される。 ==概要== メスカリンの被験者となったハクスレーが、自らの内面の変容を語る。 彼が前もって期待していたような劇的な変化は訪れなかったが、何種類かの光を見る。その体験によってベルクソン哲学が提起する偏在精神説に共感する。遍在精神説とは「人間は宇宙からのありとあらゆる刺激を受け止めている(その状態を遍在精神という)が、生存のために要るもの以外の多くのものを削除して、必要なものだけを意識している」という考え方である。メスカリンによって脳内のグルコースによる不要情報の削除機能を抑制することができるので、ありのままの宇宙に近いものを体感できるようになるから、遍在精神に近づくことができる。 被験後、ハクスレーはある店に行き、ゴッホの画集を見る。椅子という「物自体」を描いたというコンセプトの作品を見ても、椅子に「絶対」や「永遠」を見いだすことができず、佳作でありながらも所詮それらの象徴しか描けてないと感じる。いっぽう、ボッティチェルリの名作とは呼び難い絵の中の衣服のシワに、トリップ中に自分のズボンのシワに見たのと同様の「絶対」や「永遠」を感じる。 また、物に絶対を感じる一方、人間関係に無関心になってしまったという。実験中の会話を録音しているのだが、その中で「物(ズボン)に感じるような永遠以上の永遠を人間にも感じなければならない」と喋っているのだが、実際にはそれは難しいと考える。 その後、音楽鑑賞による心境の変化を考察したりする。メスカリン体験と精神分裂病との比較考察もする。 テキサスからウィスコンシンあたりに在住のインディアンの教会では、パンとワインの代わりにペヨーテが食される、という事例が紹介される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「知覚の扉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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