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石井てる美 : ミニ英和和英辞書
石井てる美[いしい てるみ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 
: [い]
 【名詞】 1. well 
: [び]
  1. (n,n-suf) beauty 

石井てる美 : ウィキペディア日本語版
石井てる美[いしい てるみ]

石井 てる美(いしい てるみ、1983年7月4日〔 - )は、日本お笑いタレントである。ワタナベエンターテインメント所属〔石井てる美 ワタナベエンターテインメント、平成23年10月28日閲覧〕。
==略歴・人物==
東京都出身。中学・高校は白百合学園中学校・高等学校で〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」122ページ〕、学園祭では実行委員長も務めた〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」138ページ〕。2002年、東京大学文科三類に入学。入学後に日本国外での現地活動を志して理系に転向、工学部社会基盤学科に進学して発展途上国インフラ整備について学んだ〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」125ページ〕。2006年同大学工学部卒業、2008年同大学院修士課程修了。学生時代はサークル活動としてビートルズコピーした音楽バンドベースボーカルを担当する(ジョン・レノン・ミュージアム アマチュアバンドコンテストでは入賞〔ワタナベエンターテインメント オフィシャルサイト「特技一覧」 〕)などしていた〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」84ページ〕。また、大学・大学院在学中を通じて、タイExchange students from Tokyo University SIIT News, Sep-2004〕、デンマークフィリピンと3カ国でのインターンシップや交換留学を経験した〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」131~133ページ〕。また、大学院在学中の2007年2月には、「成長と環境」をテーマにした論文で、アジア開発銀行による『アジア・太平洋論文コンテスト』に入賞している。さらに、専攻した社会基盤学においては2008年3月、論文「フィリピンにおける政治過程分析を用いた大気汚染対策導入の実現可能性の検討」が評価されて、学内賞である古市賞を受賞している〔古市賞・田辺賞 平成20年3月受賞者 東大土木同窓会、平成23年10月28日閲覧〕〔堀井秀之 国際プロジェクト研究室 東京大学社会基盤学科〕。
特技は英語モノマネ(インド人イギリス人、映画『タイタニック』のセリフ再現〔)、書道(「あきつ会」で五段の二段上に当たる「推薦」取得の他、書道大会での入選歴多数〔)、ベース弾き語りなど〔。趣味は一人カラオケ石井てる美プロフィール 芸人名鑑 2010年7月7日開催 お笑いライブ「TEPPEN」、平成23年10月28日閲覧〕、フィギュアスケート観戦〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」95ページ〕。フィギュアスケートでは、2006年2月に実際に現地までトリノオリンピックを観に行き、荒川静香の優勝の瞬間に観客として立ち会うことが出来たという〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」128~129ページ〕。また、2014年2月ソチオリンピックにもフィギュアスケートの観戦と応援に行っていた〔自身のツイッター での自己紹介より(2014年4月1日閲覧)。〕。ここにおいて、浅田真央の競技開始前のその時に「真央ちゃんなら出来る!」と叫んだのが石井である〔週刊プレイボーイ集英社)2014年4月28日号(No.17)71ページ『「かわいすぎる女芸人」が急増中!!』より。〕(この時は声が開場中に響き渡り、テレビ中継の解説者もこの声を拾って言及したことがあった〔「フィギュアスケート ぴあ」p.44 - 45 石井てる美コラム より。〕)。accessのファン〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」123ページ〕。
TOEIC990点(満点)であり〔、英語検定1級も取得している。
自分のことを「インテリ三頭身」と紹介している〔ブログ「てるてる日記」での自己紹介 より。〕。
===お笑い芸人へ===
大学院修了後の2008年外資系コンサルティング会社であるマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、本人いわく「42.195kmのマラソンを100m走の速さで走るような」多忙な日々を送る〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」28ページ〕しかしながら入社後、「人生は一度きり」と痛感する体験をしたことを機に、「やっぱり芸人になりたい!」というかねてからの夢への思いを強め、約1年4カ月の勤務〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」3ページ〕の後に退社を決意した。退社時にはマッキンゼー・アンド・カンパニーの全社員に、「お笑い芸人になります」、との挨拶メールを送付した〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」16~18ページ〕。なお、同期入社組だけには、これとはまた別内容のメールを送付していた〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」117~119ページ〕
退社後の2009年10月、芸能事務所・ワタナベエンターテインメントによるタレント養成学校 「ワタナベコメディスクール」に11期生として入学、翌年9月に卒業した。後に出演したお笑いライブに、元マッキンゼー日本支社長の平野正雄も石井を観に来ていた〔「私がマッキンゼーを辞めた理由」156ページ〕。
2010年には雑誌 『アエラ』(朝日新聞出版)に、新進のお笑い芸人として取り上げられた〔AERA Mook『読んでから笑え!』2010年6月17日 朝日新聞出版〕。2011年10月には、 クイズタイムショックテレビ朝日)に出演して準決勝に進出している。
ネタは英単語の語呂合わせから作ったフリップ漫談、ベースを弾きながらの東大あるあるネタ、少女時代のパロディーの一人コント「短足時代」、土偶コスプレキャラの「土偶ちゃん」、言いづらい言葉を英語っぽく言うフリップ漫談石井てる美twitterでの自己紹介 〕、セックス・アンド・ザ・シティのサマンサが気になる日本史用語を紹介するフリップ漫談ヒラリー・クリントンの物真似コント、「言いづらい言葉を英語っぽく言うネタ〔」などがある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「石井てる美」の詳細全文を読む




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