翻訳と辞書
Words near each other
・ 石田敏徳
・ 石田敏明
・ 石田敏朗
・ 石田散薬
・ 石田敦子
・ 石田敦子 (アナウンサー)
・ 石田敦子 (毎日放送)
・ 石田敦子 (漫画家)
・ 石田文樹
・ 石田文次郎
石田新太郎
・ 石田早織
・ 石田昇
・ 石田昌也
・ 石田昌宏
・ 石田昌隆
・ 石田明
・ 石田明義
・ 石田晃一
・ 石田晃久


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

石田新太郎 : ミニ英和和英辞書
石田新太郎[いしだ しんたろう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [しん]
  1. (n,n-suf,pref) new 

石田新太郎 : ウィキペディア日本語版
石田新太郎[いしだ しんたろう]
石田 新太郎(いしだ しんたろう、1870年11月明治3年11月) - 1927年昭和2年)1月27日)は、明治・大正期の官僚、大日本帝国外地統治の陸軍教育者、慶應義塾幹事。
== 経歴 ==
福島県田村郡生まれ。中学校を卒業し、明治22年上京して国民英学会に入り、明治24年1月慶應義塾大学部文科に入学し、明治26年12月卒業。卒業後に上野図書館において独学で教育及び心理の二学を修めて、高等師範学校教授谷本富氏と論戦を開く。
明治30年の春、陸軍士官学校に入り、校長・安東貞美少将の下にて教程編述に参与し、幾ばくもなく寺内正毅少将の幕僚として策をたすける。のちに東京陸軍幼年学校の教頭となるが辞職、明治32年の秋に広島陸軍幼年学校に赴任。明治34年、田中敬一にしたがい台湾総督府国語学校教頭となる。明治44年に朝鮮総督府視学官。のちに鎌田栄吉塾長を支え、慶應義塾大学の理事に就任した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「石田新太郎」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.