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石郷岡 文吉(いしごうおか ぶんきち、文久3年8月1日〔衆議院『第二十五回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報号外〉、1908年、17頁。〕(1863年9月13日) – 昭和13年(1938年)9月12日〔衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年、60頁。〕)は、日本の衆議院議員(憲政本党)、弘前市長。 == 経歴 == 弘前に生まれ、東奥義塾を卒業した。1889年(明治22年)、弘前市会議員となり、1891年(明治24年)には中津軽郡会議員となった。1896年(明治29年)、青森県会議員に選出され、1903年(明治36年)には議長に就任した。1907年(明治40年)、県会議長に再選され、弘前市会議長も兼ねた〔『第二十八議会衆議院議員写真列伝』p.107〕。 1908年(明治41年)、第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。1期務めた。1913年(大正2年)、再び市会議員となり〔『青森県名鑑』p.85〕、さらに1918年(大正7年)・1922年(大正11年)・1934年(昭和9年)の3度、弘前市長に選出された〔『弘前市誌』p.140〕。 その他、北辰日報社を創設し、社長を務めた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「石郷岡文吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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