|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 神 : [かみ] 【名詞】 1. god ・ 寺 : [てら] 【名詞】 1. temple
神大寺(かんだいじ)は、古くは「神大寺村」といい、神奈川県横浜市神奈川区の地名である。神大寺一丁目から神大寺四丁目の4か町からなる。横浜市において古くから現れた地名の一つである。 ==概要== 神奈川区の中央部、六角橋と片倉の間に位置し、住宅と農地が混在する。戦前は「神臺地」(神台地)、「神代寺」、「神太寺」とも書いた。 最寄り駅は横浜市営地下鉄ブルーライン片倉町駅、三ツ沢上町駅、三ツ沢下町駅、東急東横線白楽駅、反町駅である。また横浜市営バスの35・50系統や36・82・326系統を利用し、横浜駅などへ出ることができる。 昭和30年代までは横浜の純農村地域で30戸ほどの農家が里山の根などに集散し、江戸時代から稲作や畑作が盛んに行われていた。しかし、水田の大半は「谷戸田」と呼ばれる湿田で稲作をするには条件の悪かったため、米麦の栽培は 「つみ田」と呼ばれる直播の方法で行われた。したがって、米の収量はそれほど多くなかった。大正期~昭和30年代にかけては、北・南・西の丘陵に広がる畑で黒葉大根が多く栽培され、特産であった。 現在の片倉~六角橋間の道(市道片倉六角橋線)は、菅田、羽沢方面から二ッ谷の市場に向かう野菜を積んだ牛車が見られるくらいで、自動車などはほとんど見かけられることが無かった。その道に沿うように、湧き水と水田の絞れ水から成る「滝の川」が流れていた。現在の神大寺小学校や「コープかながわ 神大寺店」・「クリエイトSD 横浜神大寺店」のある平坦な土地には水田が一面に広がり、夏には蛙の鳴き声が煩いほど響き、ホタルやノウサギなども見かけられた。 2006年現在も、町内には「農業振興地域」・「生産緑地地区」と線引きされた区域があり、都市農業が意欲的に行われている。 町の急速な住宅化は、終戦後、それまで市街地に居住していた人たちが移り住んで来たことに始まった。以後、横浜駅に近いことなどから、昭和40年代には町の南部に大型の団地が多く建てられた。これによって、街の景観は一変した。 隣の片倉・六角橋と同様、坂が非常に多い地域である。 六角橋とは地域的な繋がりが大きい。六角橋中学校(六角橋五丁目33番1号)のある街区が神大寺四丁目の区域に食い込んでいるが、これは1965年に六角橋における住居表示の実施によって、神大寺町字東谷20番地だった住所が、六角橋五丁目に編入されたためである。さらに神大寺から離れた、六角橋二丁目にある「神橋小学校」は、神大寺町と六角橋の間にあるので「神橋」と名付けられた。 地区内の商業施設は、「ユーコープ 神大寺店」「クリエイトSD 横浜神大寺店」「Big-A 横浜南神大寺団地店」「SHOP99 六角橋店」などがあるが、近隣には「六角橋商店街」、片倉町駅近傍の「ユーコープ 片倉店」、岸根公園駅近傍の「トップ フレッシュマーケット岸根店」、東神奈川駅西口の「イオン 東神奈川店」「マルエツ 東神奈川店」などがある。なお、「横浜松坂屋ストア(旧イリクストア) 片倉町店」は2011年8月21日をもって閉店した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「神大寺」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|