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秋山正重 : ミニ英和和英辞書
秋山正重[あきやま まさしげ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [あき]
  1. (n-adv) autumn 2. fall 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [ただし, せい, しょう]
 【名詞】 1. (logical) true 2. regular 
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important

秋山正重 : ウィキペディア日本語版
秋山正重[あきやま まさしげ]
秋山 正重(あきやま まさしげ、天正14年(1586年) - 寛永17年10月3日1640年11月16日))は、江戸時代旗本大目付。通称、十右衛門。官途は、従五位下、修理亮。甲斐国武田氏家臣秋山虎繁の弟信藤の系統で、虎康昌秀と続き、その子が正重である。庶兄に昌吉、弟妹に折井政次室、昌成(のちに榊原重政の養子となる)、太郎兵衛。室は柴田勝全(柴田勝成)と斎藤利三の次女との間の娘、盛徳院(寿院)。子に正俊正家方頼正勝徳川家康の側室で、武田信吉の母の於都摩(下山殿・妙真院)は叔母にあたる。この為、父の昌秀は武田信吉付きの家臣となり、下総国金杉を領した。
正重は、徳川秀忠に仕え、書院番を務め、大坂の役に従軍する。元和4年(1618年)には、目付に任じられ、加増があり、下総国長柄郡内1000石を知行する。元和9年に父の遺領1000石を相続し、計2000石となる。加藤忠広が改易となったため、熊本に赴く。この年に上総国武射郡、市原郡において2,000石を加増され、4,000石となる。寛永9年(1632年)12月17日、水野守信柳生宗矩井上政重とともに総目付に任じられた。これが大目付の起源である。寛永17年(1640年)に没するまでこれを務める。墓所は下総国葛飾郡小金村(現・松戸市本土寺。なお、嫡男の十右衛門正俊も、大目付を務めている。 



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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